東京交響楽団&サントリーホール 「こども定期演奏会」
< 20周年を迎えた2021シーズン 公演レポート >
< 新曲チャレンジ・プロジェクト ~小田実結子(作曲) インタビュー >
2021年に20周年を迎えた東京交響楽団&サントリーホール「こども定期演奏会」。
年間のテーマは「オーケストラ・タイムマシーンⅡ」であったが、4月の第77回は、20周年ガラとなり、特別なプログラムが組まれた。このガラの指揮は大友直人。彼はこども定期演奏会のスタートから13年間50回を超える公演を担った。
まず、2021年のテーマ曲「まぼろし」が披露された。この曲を作曲した中学1年生の石井かのんさんは、かつてこども奏者として、こども定期の舞台でヴァイオリンを弾いたことがあるという。
また、ヴァイオリンの三浦文彰、チェロの横坂源、ピアノの金子三勇士の3人の若手ソリストが招かれたが、三浦も横坂も、こどもの頃にソリストとしてこの定期に出演し、20周年を祝して帰ってきたのであった。三浦はブルッフのヴァイオリン協奏曲第1番第3楽章を弾いた。リラックスした感じで演奏を始めたが、徐々に熱を帯びていった。横坂はサン=サーンスのチェロ協奏曲第1番の第3部。スケールの大きな演奏を披露するとともに、速いパッセージも見事だった。金子はチャイコフスキーのピアノ協奏曲第1番第3楽章を弾いた。これも熱演だった。
最後は、オルガンも入って、行進曲「威風堂々」第1番。こども定期演奏会で最も演奏されてきた作品の一つで、壮麗にして力強く締め括られた。
7月の第78回は、「バロック・古典」。2019年のブザンソン国際指揮者コンクール優勝者の沖澤のどかが初登場。ソプラノの森麻季がヘンデルの「オンブラ・マイ・フ」やモーツァルトのオペラ「フィガロの結婚」のスザンナのアリアを披露した。森はこどもたちに「恥ずかしがらずに元気よく歌うこと、体を動かしながら歌うこと」をアドバイス。沖澤は、ベートーヴェンの交響曲第7番第4楽章で、俊敏な指揮でアクセントをきかせ、圧倒的なクライマックスを築きあげた。
9月の第79回は、「ロマン派」。指揮は下野竜也。小山実稚恵とこどもピアニストとの連弾は3回目を数えた。この回では、小学2年生の山路優美さんと小学5年生の後藤平介さんが出演し、それぞれ、グリーグの組曲「ペールギュント」第1番からの1曲を小山とともに奏でた。また、小山は、ショパンのピアノ協奏曲第1番第1楽章を弾き、磨き抜かれた音と際立った弱音表現で聴衆を惹きつけた。そして最後に下野がチャイコフスキーの交響曲第4番第4楽章でロマン派の音楽の情熱や迫力を伝えた。
この回では、こども定期演奏会の“卒業生”の小林壱成が、東京交響楽団のコンサートマスターとして帰ってきたのも、20年の歴史を感じさせる出来事であった。小林は、小学校5年生のときに、こども奏者として、こども定期演奏会の舞台で弾いた。16年ぶりにこども定期演奏会に出演した彼は「昨日のことのようです。オーケストラのなかで弾くと見える景色が違いました」と当時を振り返った。
12月の第80回は、「近現代」。2021年4月に東京交響楽団正指揮者に就任した原田慶太楼が登場。こども定期演奏会の20周年を記念して新曲チャレンジ・プロジェクト(こどものモチーフによる若手作曲家作品)が立ち上げられ、小田実結子の『La danse des enfants 子供たちの踊り』が世界初演された。まさに現代の音楽が誕生する瞬間をみんなで体験したのであった。
このプロジェクトでは、こどもたちが書いた短いメロディから5分ほどの管弦楽作品が作られたわけであるが、この日は、まず、新曲で使われた6つのメロディを作曲した7人のこどもたち(1つは合作)全員が紹介された。新曲制作の規定では、2つ以上のメロディを使うことになっていたが、小田は敢えて6つ全部のメロディを使って、1つの管弦楽曲を書き上げたのであった。主題の回帰や組み合わせが巧みに施された、楽しい作品である。
12月の恒例となっているこども奏者たちの参加は、ハチャトゥリヤンの組曲「仮面舞踏会」から「ワルツ」。これまで最多の24名(うち17名がヴァイオリン)のこども奏者が出演した。東京交響楽団のメンバーとこども奏者とがプルトを組んで(隣合わせで)演奏。16年前にこども奏者だった小林壱成も今のこども奏者と並ぶ。この曲でコンサートマスターを務めた杉森友美さん(中学3年生)は、以前行われたこども定期演奏会の参加企画「楽器体験」がきっかけでヴァイオリンを始めたという。演奏後、「(ヴァイオリンを始める)きっかけを作ってくださった方々と演奏できて楽しかった」と感想を述べた。
演奏会は、マルケスの「ダンソン2番」、ホルストの組曲「惑星」から「木星」で賑やかに締め括られた。
「新曲チャレンジ・プロジェクト」初回の演奏作品『La danse des enfants子供たちの踊り』の作曲者の小田実結子は、こう振り返る。
「できるなら6つのメロディ全部を使って書こうと思いました。自分がメロディを書いた子だったら、使ってもらえなかったらさみしいですから。そして、なんとかがんばれば6つ入れられるかなと思いました。でも、6つのメロディをつなげるだけではつまらない。メロディを拡大したり、違うメロディを一緒に鳴らしたり、ひねりを加えて、音楽好きな方をうならせる箇所も作れたらいいなと。テーマが“踊り”だったので、楽しく、動き出したくなるような曲を書こうと思いました。私は、自分が聴いていて、書いていて、楽しい曲を常に目指しています」
そして原田慶太楼&東京交響楽団による世界初演を聴いた感想をこう語る。
「原田さんがすごく楽しそうに指揮してくださって、イメージしていたよりも、もっと生き生きとした感じに聴こえました。テンポの揺れも、楽譜に書いてある指示以上に汲み取ってくださって、自分が思っていた以上にルバートがかかったりもしていて(テンポを揺らす)、良い方向にすすめてくださいました。リハーサルでは楽譜の確認で見ることができなかった演奏者の表情を本番では見ることができ、楽しそうに演奏してくださっていて、とてもうれしかったです」
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こども定期演奏会の2022年の年間テーマは「オーケストラ春夏秋冬」。それぞれの季節に合った作品が取り上げられる。
5月の第81回は、「新緑のころ」と題し、春から初夏への作品が演奏される。角田鋼亮が指揮を担い、今年10歳になるHIMARIがメンデルスゾーンのヴァイオリン協奏曲第1楽章を弾く。
7月の第82回は、「夏だ、祭りだ!」。バッハ・コレギウム・ジャパンの首席指揮者や読売日本交響楽団の指揮者/クリエイティヴ・パートナーを務め、古楽から現代音楽まで幅広く活躍する鈴木優人がこども定期演奏会に初登場する。神尾真由子の弾くピアソラの「ブエノスアイレスの夏」に注目。
9月の第83回は「秋の風景」と題して、川瀬賢太郎がショスタコーヴィチの交響詩「十月革命」などを振る。ピアノの“かてぃん”こと角野隼斗が登場し、自作「ティンカーランド」を演奏するのも楽しみだ。
そして、12月の第84回は、「冬のあそび」。今年も12月は原田慶太楼が登場。こども奏者との共演は、チャイコフスキーのバレエ組曲「くるみ割り人形」から「花のワルツ」。「冬」をテーマとした新曲チャレンジ・プロジェクトでの新作披露も注目される。
2021年度の新曲チャレンジ・プロジェクトで作品が選ばれた小田実結子は、2022年度ではこども定期演奏会のテーマ曲(こどもたちが応募したメロディから選ばれたもの)の編曲を担当している。
「最終的に『王国の繁栄』と『ともだち』の2つが残り、どちらもそんなに長くはないので、1つに決めて私の作った展開部のメロディを入れるよりも、2つとも3拍子ということもあり、両方をつないだ方がよいと考えました。ただ2つの曲をつなげるだけではなく、何か面白いことをしようと最後で工夫しました」
小田は、2022年度のテーマ曲の初演の指揮を執る角田鋼亮に、学生時代、指揮法を学んだ。
「武蔵野音楽大学の学部生のとき、指揮法のクラスで角田先生に教えていただきました。そんな角田先生に振っていただけるのはうれしいですね」
また、小田は、2022年度の新曲チェレンジ・プロジェクトの審査員の一人を務める。
「今年は、6つのメロディを選ぶのにも参加しました。オーケストラ曲にするという視点でメロディを選びました。こどものメロディは、理論を学ぶ前なので、良い意味で予期せぬ展開や発想があります。何にも縛られていない、たぶん私からは出ない発想があり、そういうのは新鮮で面白かったですね。昨年のメロディも、個性的で印象的で、結構面白かったです」
新曲チャレンジ・プロジェクトは、こどもたちが新曲の創作に参加するとともに、若い作曲家にチャンスを与え、彼らのキャリアをサポートするプロジェクトでもある。小田も、第1回のプロジェクトに作品が採用されることによって、作曲家として次のステップに進むことができた。
「原田慶太楼さんを通じて、東京交響楽団から2023年2月の定期演奏会で初演される新作の委嘱を受けました。また、山形交響楽団からも新作の委嘱を受けています。これまで新作の委嘱はたまにいただいていましたが、1年も経たない間に、プロのオーケストラから新曲の委嘱を受けるようになったというのは大きな転機になると思います。今まで交響曲を書くという発想すらなかったけれど、オーケストラ曲を書く機会をいただいて、書けばそれが音になる環境を与えていただいているのはとてもありがたいです。作曲家としての自覚が芽生えましたね。今はいただいた委嘱に応えるので精一杯ですが、将来は自分が残したいと思うものが書けたらいいなと思っています。
最後に、新曲チャレンジ・プロジェクトの将来について訊いた。
「一つの名物として、こども定期演奏会といえば、冬の『新曲チャレンジ・プロジェクト』というように、定着していけばいいですね」
こども定期演奏会は、20年以上にわたって、新たな聴衆を生み出すとともに、若い演奏家や作曲家にチャンスを与えてきた。こども定期演奏会“出身”の音楽家の今後の活躍に注目である。