アーティスト・インタビュー

日本フィル&サントリーホール
とっておき アフタヌーン Vol. 18

出演者インタビュー チェロ:佐藤晴真 <後編>
~サントリーホールの思い出、佐藤さんの“とっておき”~

日本フィルとサントリーホールが贈る、エレガントな平日の午後『とっておきアフタヌーン』。2021-22シーズンの最後を飾るソリストは、チェロ奏者の佐藤晴真さん。佐藤さんは2019年、ミュンヘン国際音楽コンクール チェロ部門で第1位(日本人で初)に輝き、国際的な注目を集めています。サントリーホールではこの初夏『チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)』にて室内楽を披露してくださいましたが、今回は満を持して、日本フィルハーモニー交響楽団と大ホールで初共演です。前半では演奏作品について伺いました。後半は、サントリーホールの思い出、コロナ禍での活動そしてプライベートまで、お話を伺います。

――サントリーホールの音の響きや印象は、どのように感じられていますか?

ここ数年ベルリンに暮らしていて、フィルハーモニー(ベルリン・フィルが拠点とするホール)にしょっちゅう聴きにいったりしているので、同じような形状のサントリーホールは、見慣れたホールというか、親近感が湧きます。

――まさに、サントリーホールは設計前に、フィルハーモニーの設計に深く関わられた巨匠カラヤンさんからのアドバイスをいただいて、今のような客席が舞台を囲むヴィンヤード形式のホールになったので、深い結びつきがあるんです。大ホールの舞台に立たれるのは今度で3度目になりますが、客席の方で聴かれる時の印象はいかがですか?

小さい頃は名古屋に住んでいたので、サントリーホールに来る機会はなかったのですが、学生の時はもちろん何度も聴きに来ました。とても印象に残っているのは、高校2年生の頃かな、チェコ・フィルを聴きに来て、金管の音色が上から降ってくるような感じがしたのをすごく覚えています。ちょっと奮発してS席の2階席で聴きました。
初めてサントリーホールで演奏したのは、高校1年生でコンクールに出た時、本選がブルーローズ(小ホール)であって。めちゃくちゃ緊張して、あまり記憶がないんですけれど(笑)。

2020年6月に無観客オンライン配信公演として開催されたCMGオンライン『おすすめの逸品特集』ではサントリーホールブルーローズから渾身の『鳥の歌』(カザルス作曲)などを届けた

――今まさに演奏活動も大変充実されて大注目の存在ですが、やはりミュンヘンのコンクールで第1位になられたことから大きく変わりましたか?

聴いていただける機会が増えたことは、とてもありがたいし幸せなことだと思っています。その機会の数に比例して責任も重くなっていきますが。どれだけ素晴らしい奏者がいたとしても、結局は聴いていただく機会がなければ音楽の意味がなくなってしまうので。このコロナ禍の2年間、とくに昨年3月から5月の間は国内外での演奏活動はすべて完全にストップしてしまいましたし、海外でのコンサートは昨年6月にロシアで演奏した以外はすべてキャンセルになってしまい、残念でした。やはり行き来がまだ難しいので。

――演奏できなかった時期は、どのようなモチベーションで過ごされていたのですか?

個人的には、音楽以外のことにも目を向けられた期間だったと思います。先ほどお話したように、(伝えるための)言葉を磨くという思いもあり、高校生の頃からよく詩集を読んだりしていましたが、あらためてこの機会にまた色々読んでみて。想像力(イマジネーション)=語彙の多さと完全に結びつくと思うので、ドイツ語にせよ日本語にせよ、翻訳してみたりもして、表現の仕方を探ったり。あと、短歌に結構はまりました。音数が決まっているなかで、どんな表現ができるか、どれだけ映像を見せられるかという表現方法が、とても面白くて。俵万智さんとか穂村弘さんなどの歌集を。穂村さんの『ぼくの短歌ノート』は、近現代の様々な短歌を取り上げて、その歌が書かれた背景だったり、ここの表現が素晴らしいというような、歌人目線の解説のような批評がされていて面白かったです。あとは映画を観たり、音楽を聴いたり。

ベルリンの家の近くの通り

――J-POPはじめ、いろいろなジャンルの音楽を聴かれるそうですね?

そうですね。ジャズも聴きますし、ジブリ作品の音楽も大好きです。LO-FI(ローファイ)ヒップホップというバックグラウンドミュージックみたいなのを聴きながら本を読んだり、ラップ聴いたりもしました(笑)。これも最初は言葉からで。言葉の韻の気持ちよさとか。

――言葉という意味では、ドイツでドイツ語の中で生活されていると、やはり音楽との特有な結びつきみたいなものを感じられますか?

ドイツの歌曲などを聴いていると、子音の多様さがすごいんです。ひとつの単語の中でも、子音の発音にかける秒数で細かくニュアンスが変わったり。ドイツ音楽と言葉はやはり強く結びついているので、ドイツ語を勉強しておいてよかったなと思います。日本語の子音の発音はわりとストレートですけれど、ドイツ語は言葉のニュアンスを子音で出す。言葉と感情が結びついているんですね。聴いていて気持ちいい感じもありますしね。

ベルリンの乗り換えで使う駅

――コロナ禍で変わったことと言えば、コンサートのオンライン配信システムが広がり、より大勢の皆さんに聴いてもらう機会が増えたとも言えると思うのですが、この状況についてはいかがですか?

昨年6月のCMGで初めて、無観客のオンライン配信という体験をしたのですが、すごい緊張したんです。なんでなんだろうと考えてみたら、たぶん今まで、知らないうちに客席とすごいコミュニケーションできていたんだなと気づいて。空気感を一緒に体感するというか。例えば休符の長さとかも、「ここだ!」というところが音楽上あるのですが、それをホールの響きとか、お客さんの期待……次の音を待ち望む気配を感じとって、それに応えて次の音を出すということを知らないうちにやっていたんだなと。それが本番の特別さのひとつなのです。そのコミュニケーションがないと、舞台上だけで完結してしまって、なんのために弾いているのかが感じ取れないんです。でも、そういうことにも慣れていかないと、ですね。

2020年6月に無観客オンライン配信公演として開催された
CMGオンライン『ディスカバリーナイト』では
前回のとっておき アフタヌーンVol.17に出演した
ピアノ;福間洸太朗と共演

――この『とっておきアフタヌーン』シリーズも、オンライン配信(有料・リピート配信あり)でもお楽しみいただけます。オンライン配信をひとつのきっかけにしていただき、でもそれだけで終わらずに、今度は生で聴いてみたい、コンサートホールに行ってみようと思っていただけると、うれしいですよね。

うん、そうですね、ぜひそういう風に。画面上では伝わらない空気の振動は特別ですし、やはり音楽を純粋に楽しむという側面では、生で聴いていただくのがより良いと思います。

――『とっておき アフタヌーン』はマチネ(昼)公演です。

個人的にマチネ公演というのは特別好きで。演奏する側としても聴く側としても。コンサート会場を後にして、日が傾き始める空を見ていると、もう一度音楽が思い出されて、より深い感動とエネルギーをもらえる気がします。夕日が見えると、嬉しいんですよね。しみじみ今日を振り返る、みたいな。真っ暗になってしまっていると、もう気持ちが明日に向いちゃう。

――佐藤さんの言葉から、いろいろな情景が見えてくるようです。
では最後に恒例の質問なのですが、佐藤さんにとっての“とっておき”を教えていただけますか? 短歌や詩集、様々な音楽のお話も伺いましたが、そのほかに何か気分転換になることだったり、今ハマっているものがあれば……

あ、靴磨き、ですかね(笑)。ちょうどコロナ禍が始まる頃からハマり出して。最初は演奏会用の靴を探そうと思って、舞台上のマナーとしてどういう形状の靴がフォーマルなのかなと調べているうちに、だんだん気になってきちゃって。店頭に足を運ぶようになって。3足かな? 新調して。今度は、いい靴を育てる、お手入れに凝りだして。

出番の前にピカピカに磨かれた「ハイシャイン」仕上げの黒靴(ご本人Twitterより)

――靴を育てるって、いい表現ですね。

そうですね、精神統一みたいな側面もあります。スーツケースの中の半分ぐらいは靴磨き道具だったりして(笑)。けっこう凝り性なので。

――では皆さん、当日はステージ上の佐藤さんの演奏はもちろん、靴にもご注目! です。