日本フィル&サントリーホール
とっておき アフタヌーン Vol. 18
出演者インタビュー チェロ:佐藤晴真 <前編>
~演奏曲目へ込める想い~
日本フィルとサントリーホールが贈る、エレガントな平日の午後『とっておき アフタヌーン』。2021-22シーズンの最後を飾るソリストは、チェロ奏者の佐藤晴真さん。佐藤さんは2019年、ミュンヘン国際音楽コンクール チェロ部門で第1位(日本人で初)に輝き、国際的な注目を集めています。サントリーホールではこの初夏『チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)』にて室内楽を披露してくださいましたが、今回は満を持して、日本フィルハーモニー交響楽団と大ホールで初共演です。演奏作品に込める想いからプライベートまで、お話を伺います。
――一昨年の6月に予定されていた公演が、コロナ禍で1年半を経て、ついに開催の運びとなりました。心待ちにされていた方も多くいらっしゃると思います。演奏していただくのは、まず、チャイコフスキー『ロココ風の主題による変奏曲』。
まさに「エレガントな午後」という言葉にぴったりな作品だと思います。「ロココ風*」というひとつのスタイルの中で書かれていて、芸術品を観ているように、スッと耳に入ってくる。難しいことを考えずに、楽しんで聴いていただける曲ではないかと思います。
*ロココrococoは、18世紀半ばにフランスを中心に広まった装飾様式。同時代の音楽様式として、装飾音に彩られた優美な旋律を特徴とするロココ音楽が発展。
【演奏楽器について】佐藤さんが弾いているチェロは、イタリア製の名器「エンリコ・ロッカ」1903年製(宗次コレクションから貸与)。「この楽器を見た瞬間に一目惚れしていました。立派な分厚さと赤茶色の色味が特に気に入っています。音も張りも良く、とても相性が良く感じられます」。
――うっとりとした気分になれそうですね。
そうですね。ただ、ロココ風と言いながら、チャイコフスキーの自我がところどころに現れていて、嘆きや悲しみもあり、それを経て、ひとりの女性に愛を歌うというような。曲の中でいろいろなキャラクターが楽しめると思います。
――曲目に“オリジナル版”と書かれていますが、この意味は?
実はこの作品は、初演の際にチェリスト自身が勝手に編曲して演奏し、その後ずっと、なぜかその編曲バージョンの方が主に演奏され続けてきたようです。でもそれは、作曲者の意思ではないようで。チャイコフスキーと親しかった奏者が、最後にいちばん盛り上がって効果的になるように、変奏の曲順を変え、しかも最後の第8バリエーション(変奏)をカットしてしまったのです。確かに、終わりに向かって勢いよくテンションが上がっていくのですが、曲順を並べ替えているので、途中でブツッと流れが切れて、第2部が始まるというような構成になっています。それに対してオリジナル版は、ひとつの大きなラインで演奏できます。そして僕は、編曲バージョンではカットされてしまった第8バリエーション(変奏)が、いちばん好きなんです。この最後の変奏曲は、楽しげに始まるんです。終わりの始まり方が、嘆きがあったり愛を歌ったりいろいろあったけれど楽しかったね、というように。名残惜しいというか、映画のエンドロールを見ているようにも感じますし、エレガンスもあって。奏者には無い達観した目線を感じるのは、チャイコフスキー自身の持っていた音楽が出ているのだろうなと思います。
――私たちはそのオリジナル版を聴く機会が今まであまりなかった、つまり「知られざる作品」ということになりますね?
残念ながらまだ演奏する人も、録音している人も少なくて。僕はオリジナル版の方が共感できるので、この作品を積極的に演奏していって、広げていきたいなと思っています。
――そしてもう1曲は、おそらくどなたでも一度は耳にしたことがある名曲、サン=サーンスの「白鳥」。
『動物の謝肉祭』というオーケストラ作品の中の1曲で、本来はチェロとピアノ2台という編成なのですが、今回はチェロとハープで演奏します。
――チェロとハープの音色、これもうっとりしてしまう組み合わせですね。
ハープが出てくる音楽というのは、水とか天上とか、どこか人が立ち入れない場所、人為的なものが何も無い世界の音という印象があります。一説によると、白鳥は死ぬ間際にひと声、とても綺麗な声で鳴くそうです。そういったように、ハープの音色は天国に近いような、現世とは少しかけ離れたところにいる表現ができると思います。
――チェロの音色は人の声に近く、佐藤さんご自身の低めの声とチェロの音域がシンクロして最も親近感が湧く楽器だとおっしゃっていましたが、チェロとハープの相性はいかがですか?
例えばピアノは部品が何百もあるメカニックな楽器ですが、弦楽器は奏者と楽器がもっと近いんですよね。チェロもハープも楽器を抱えるような姿勢で弾きますし。ハープは弦が長くて張りも柔らかいので、音の柔らかさがあって音域も広く、チェロとの相性はもちろん、僕の中ではフランスの作曲家とハープが強く結びついているような気がしています。
――今年のCMGでは、日本を代表するハープ奏者・吉野直子さんとの共演もありました。今回は日本フィルのハープ奏者とのアンサンブルですね。日本フィルとは今回初共演とのことですが、どんなイメージを持たれていますか?
待望の共演です! 王道のプログラムはもちろん、演奏機会の少ないヨーロッパ各国の作曲家をとても幅広く多彩に弾きこなしているイメージで、まさにロマン派の作品において非常に評価の高いオーケストラですよね。でも僕は、逆にあまり想像しないようにしています。リハーサルの場で、とくに管弦楽器との掛け合いは、室内楽的に奏者ひとりひとりと駆け引きしていきながら、あるいはその駆け引きは本番にとっておいたり、リハーサルで駆け引きしすぎていたら本番では少し抑えたりと、臨機応変に楽しみたいと思います。経験豊富な団員の皆さんは様々な視野をお持ちだと思うので、どんな提案をしてくださるか、とても楽しみです。
――そして指揮者は、サントリーホール初登場となる坂入健司郎さんです。こちらも初共演ですね。
先日、僕の出る演奏会を聴きにいらしてくださって、初めてお会いしまして、すごくフレンドリーでフランクな方でした。共演がとても楽しみです。
――指揮者というのは、佐藤さんにとってどのような存在ですか?
僕にとっては先生のような存在です。オーケストラと一緒に音楽を作っていく時間は、僕より圧倒的に長いですし、オーケストラのことをよくわかっていらっしゃる。僕は、指揮者の方と話し合う中で様々なアイデアを教えていただき、指揮者を介してオーケストラ全体と対話をするような感覚です。指揮者ありきですね。そして毎回、その瞬間だけの音楽を作ることを大切にしています。
――『とっておきアフタヌーン』シリーズでは、トークを楽しみにいらっしゃる方も多いんです。今回は、ナビゲーターに俳優の高橋克典さんを迎え、坂入さんと佐藤さんとの間でどのようなトークが展開されるのか、こちらも楽しみです。
僕は、しゃべっているうちにどんどんテーマがズレていっちゃう感じもあるので、演奏より緊張するかもしれませんが……頑張ります(笑)
――佐藤さんは“言葉”をとても大事にしていらっしゃると伺いましたが。
そうですね。やはり音から連想するものは一人一人違うので、どれだけ自分が明確なイメージを持っていても、結局は言葉で伝えた方が確実に伝わると思っています。フレーズごと、楽章ごとに、「いちばんマッチする熟語はなんだろう」なんていうことをすごく考えながら、いつも勉強しています。熟語だと簡潔にギュッと凝縮できるし、その言葉を見つけると、自分の中でもイメージしやすくなって弾きやすくなり、どんどんアイデアが発展していく感じです。音楽とは伝えること。そのために言葉はとても大事です。言葉にできないものは音楽でも表現しきれない。たぶん、言葉=イマジネーションだと思いますし、何かを伝えようとするときには必ず言葉が先にあると思っています。