アーティスト・インタビュー

日本フィル&サントリーホール
とっておき アフタヌーン Vol. 18

出演者インタビュー 指揮:坂入健司郎 <後編>
~クラシック音楽の濃く深い魅力に触れていただくために~

日本フィルとサントリーホールが贈る、エレガントな平日の午後『とっておきアフタヌーン』。2021-22シーズンの最後を飾る指揮者は、坂入健司郎さんです。慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラ(歴史ある学生音楽団体)団員を経て、一般企業に就職しつつ、東京ユヴェントス・フィル、川崎室内管弦楽団を主宰するなど音楽活動を続け、この秋より指揮活動に専念。今回『とっておきアフタヌーン』でサントリーホールに初登場します。後半はご自身も演奏するチェロについてや、社会人としての経験、そして、坂入さんの“とっておき”をお伺いしました。

――ソリストは佐藤晴真さんです。こちらも初共演ですね。坂入さんもチェロを演奏されるので、楽器に対する思い入れなどもあるでしょうか?

先日、佐藤さんの演奏を聴きにいきまして、今回演奏する『ロココ風の主題による変奏曲』オリジナル版を弾かれたのですが、もう素晴らしかったです! 僕もオリジナル版を聴くのは初めてでしたが、メランコリックにたっぷり歌う美しい場面から急にテンポが早くなって盛り上がる部分が、前半に出てくるんです(改訂版では最後の部分)。あたかもクライマックスが来たかのようでいて、そこから最後へ向かうブリッジにとてもエレガンスがあって。やっぱりチャイコフスキーはこれを書きたかったんだろうなと思いました。なにより佐藤さんの音楽が素晴らしい! ものすごく歌心もあるし、あんなチェロを弾けたら……と僕が理想とする音です。『ロココ風〜』は僕も大好きな作品ですが、僕の師匠(ウラジーミル・フェドセーエフ)も大好きで、この作品のリハーサルを始めるときは必ず奥様を呼ぶんです。愛する奥様に聴かせたいからって。そういう気持ちにさせてくれる音楽なんですよね。棒を振り出した時の、言葉にできないような美しさ。チャイコフスキーの作品の中でも最もエレガントだと思います。僕は指揮をするのは今回初めてなのですが、とっても楽しみです。

©ヒダキトモコ
チェロ:佐藤晴真

――坂入さんがチェロを始められたきっかけは?

中学生の時に学校にあって、試しに弾いてみたら、胸にドーンと伝わってきた響きが、たまらなく美しくて。チェロしかない!と。胸で楽器を支えるので、胸に響く音がある。それはチェロならではですよね。

――『とっておきアフタヌーン』シリーズでは、演奏の合間に繰り広げられるトークも好評です。今回は、俳優の高橋克典さんをナビゲーターに、坂入さん、佐藤さんとどんなお話が展開されるのか楽しみです。

最近は人前でしゃべる機会も多くなってきて、3~4年前からは定期的にラジオの番組にも出るようになりまして、少しずつトークにも慣れてきました。

――お話しされるのは好きな方ですか?

そうですね、緊張はしないです。僕は、音楽を言葉で伝えることはとても大切だと思っています。音楽は言葉を超えるとは軽々しく言いたくない、そのぐらい言葉って大切。言葉のチョイスをひとつ変えるだけで音の方向も変わってしまうし、みんながイメージできることを最大限に伝えるってことは、音楽よりもまずは言葉だと思います。

――佐藤晴真さんもそうおっしゃっていました! 言葉がまず大切だって。

本当ですか? この共演は名演間違いなしですね(笑)!

――演奏する作品について、楽章ごとにそのイメージに合う熟語を考えたりされるそうです。

まさにそうなんですよ! 例えば四字熟語という言葉でも、よ/じじゅ/くご/みたいにフレーズを切って演奏してしまう人がいるんです。まず言葉にして考えると、イメージがついて世界が見えてくる。言葉と音楽というのは本当に密接に繋がっています。最終的に音楽は言葉を超えると信じていますし、超えたらいいねと思っていますが、そこまで持っていくには、言葉が絶対必要だと思います。
たとえばグリンカの音楽には、ロシア語のなまり、イントネーションがありますし、作曲された当時の時代背景、サンクトペテルブルクの風景にまでちゃんと想いを馳せ、そこにコミットしていくという作業は音楽家にとって絶対必要なことです。感じた通りやれば言葉を超えたり国境を越えられるなんてことは無いと思いますし、僕は想いを馳せることが好きです。

――そういったお考えは、今までのご経歴、例えば音楽大学ではない大学、学部で学ばれたこととか、一般企業に就職されて働いていらっしゃった経験から、別の視野を得たということもありますか?

僕は「ぴあ」という会社で11年間、この秋まで働いていまして、今起きているさまざまなエンターテインメントをつぶさに見ることができたのは、すごく幸せなことだったと思います。歌舞伎から芝居から映画や韓流、ジャズ、ライブハウスでの縦ノリのハードロックまで。だからクラシックも含めて200日以上は、夜ごとに何かを聴いたり観たりしていました。本当に多岐にわたるエンターテインメントがあり、それぞれファン層も全然違いますし、クロスジャンルでは本当のファンはつかないというのもよくわかりました。クラシックと何か別のジャンルを掛け合わせるというような企画は、一過性のもので終わってしまう気がします。今回の演奏会にしても、その席に着いたら、クラシックのどっぷり濃い世界に惹き込まれてしまったというのが、ファンになっていただくいちばんの近道だと思うんです。ジャズが好きな人でも、歌舞伎が好きな人でも、「クラシック音楽もいいね」と思っていただけるような演奏会にしたいと思っています。

会社員時代 ぴあ株式会社社員としてスポーツ庁に出向し、文科大臣室にて表彰された

――そのようなご経験も含めて、これからどのような指揮者でありたいと思われますか?

子どものための演奏会でもどんな演奏会でも、「わかりやすい聴きやすい曲を選びました」で終わりたくなくて、クラシック音楽の魅力ってもっと奥底にあるので、その深淵に触れていただく瞬間を常につくっていきたいなと思っています。ハマって、一生の趣味になるために。プロの演奏家が100人も集まってやるなんていう贅沢、他に無いですよね。その贅沢を実感として腹に落ちるぐらいまで深い表現を聴いてもらいたいというのが、いちばんの願いです。こんな響き聴いたこと無い!とか、CDじゃ聴けない!というような。

――今まで経験したことのない何かを感じる場、ということですね。

そうです、そうです。僕は6歳で『ローマの松』を聴いたときもそうですし、本当にいい演奏を聴いたときに、席を立てなくなるぐらい感動したことが何回かあります。それでも何回かしかないんですけれど。その何回かが起きるように、僕らはひたすら表現を考えていくしかないと思っています。

――音楽愛に溢れる坂入さんが、そのスイッチをオフにしている時間はありますか?

魚釣りをしているときですかね。これは完全に父の影響で、小さい頃から。とくに川釣り、ルアーが好きで、水の中でどう動いているのか想像するのが面白いんです。あ、ですから、釣りのときはむしろ音楽のこと考えちゃってますね。ルアーを操っている時に、モーツァルトだったらこう動くかな、こう動いたら食いつくかなとか。魚との対話を作曲家に当てはめて考えちゃう(笑)。

――では、坂入さんにとっての「とっておき」の時間は?

お酒飲んだりしている時ですかね。外食も好きですし、料理をしたりもします。おいしいものを食べると、それを作りたくなっちゃうんです。これこういう風にしたらこうかな、と。それも結局、いい音楽を聴いたときと同じかな(笑)。指揮するのと料理って、近しいものがあります。名だたる指揮者は皆さん料理好きで、プロ級の腕前の方も多いですよね。味のバランスとか組み合わせを考えたり、そういう作業が似ているんですかね。

――ちなみにお酒は、どんなものがお好きですか?

サントリーホールなのでウイスキー『響』と言いたいところですが、実は僕、毎日飲んでいるのが『パーフェクトサントリービール』。糖質ゼロなのに美味しいですよね、あれは大発明だと思いますし、ぜひおすすめです!

――この『とっておきアフタヌーン』シリーズは、昨年からオンライン配信(有料・リピート配信あり)でもお楽しみいただけるようになりました。演奏される側として、オンライン配信についてはどのように感じていらっしゃいますか?

すばらしいことだと思いますし、どんどんやるべきだと思います。でもやっぱり生で聴いていただいた方が良いので、それはお勧めします。配信で見るというのは、音楽を消費するという感覚がありますね。僕もよく使っているんですけれど、apple musicとかspotifyとか、本当に身軽に音楽が聴ける。その中の一貫でライブで映像でも見られるという感じで気軽に楽しんでいただきたい。でも演奏会というのは、その時間でしかできない、その時にしかわからない体験が絶対あるんです。動画ではわからないような体験が。思ったより音が鳴り響くかもしれないし、もしかしたらヴァイオリンの弦が切れちゃうこともあるかもしれない。隣の隣の席のお客さんが嬉しくて泣いていたとか。そういうのも含めてひとつの体験だし、記憶としてはいちばん強く残ると思うんですよね。音楽を体験しに行く。だから、コンサートホールに足を運んで生で見る・聴くというのと、録音で聴くという行為は別のものだと思います。
逆に配信で、たとえば初めて聴くお客さんにどういうアプローチをしたら入ってこれるのかなと考えると、イヤフォン・ガイドのようなものをつくったらもっと面白くできるんじゃないかなどと考えたりします。この曲はこうでこうで、何曲めの何分めのここに注目とか、この楽器は珍しくて……みたいな解説。楽章と楽章の間でオーケストラの木管・金管楽器奏者がヒューヒューって音がしているのは水分を抜いているんですよ、とか。初めて聴きに行く時には心配になっちゃったり、興味はあるけれど席で何をしたらいいのかわからないという方も多いと思うので。見逃し配信の時に、僕がいろいろコメント入れたいぐらいです。ライブにしろ配信にしろ、もっともっとやれることはあると思います。

©中川幸作

――今回の舞台で坂入さんがどんなお話をされるのか、配信も含め、ますます楽しみになってきました。どんな演奏が広がり、どんな体験ができるのか、心待ちにしています!