アーティスト・インタビュー

日本フィル&サントリーホール
とっておき アフタヌーン Vol. 18

出演者インタビュー 指揮:坂入健司郎 <前編>
~サントリーホールデビューに向けて~

日本フィルとサントリーホールが贈る、エレガントな平日の午後『とっておきアフタヌーン』。2021-22シーズンの最後を飾る指揮者は、坂入健司郎さんです。慶應義塾ワグネル・ソサィエティー・オーケストラ(歴史ある学生音楽団体)団員を経て、一般企業に就職しつつ、東京ユヴェントス・フィル、川崎室内管弦楽団を主宰するなど音楽活動を続け、この秋より指揮活動に専念。今回『とっておきアフタヌーン』でサントリーホール初登場、日本フィルハーモニー交響楽団との初共演を果たします。溢れんばかりの情熱で音楽愛を語ってくださいました。

――はじめまして。サントリーホールでの指揮デビューになりますね。

はじめまして! サントリーホールには、学生時代から年間50回ぐらいは聴きに来ていました。クラシック音楽のコンサートに年間150回以上は足を運んでいたので、1/3はサントリーホールということになりますね。最もゴージャスな音響ですし、海外アーティストの来日公演は必ずサントリーホール公演を目指してチケットをとっていたぐらい、大好きなホールです。

2018年 東京ユヴェントス・フィルハーモニー創立10周年記念演奏会
マーラー:交響曲第8番 変ホ長調『千人の交響曲』

――ではもう馴染みの場所ということになりますね。ちなみに、お好きな席などありましたか?

僕はRBブロックの席、舞台にかぶりつきだけれど少し斜めから観るというのが好きです。

――その舞台で、日本フィルハーモニー交響楽団との初共演となります。

はい、フルオーケストラとしては『とっておきアフタヌーン』が初めての共演となります。中学生の頃からずっと聴いてきたオーケストラですし、リハーサルもたくさん見てきました。中・高生ぐらいだと、リハーサルの場にいるだけでもすごく緊張するのですが、皆さんとても優しく迎え入れてくれて。お客様に対しても温かい感じですよね。お客さんと一緒に奏でていくという思いが熱いオーケストラだなという印象を持っています。

――中・高生時代からリハーサルを見ていたというのは、何かご縁があったのですか?

僕は幼い頃からいろいろなきっかけがあって音楽に夢中になり、指揮者になりたいと思っていたんです。中学3年生の夏休みの自由研究で、「指揮者とは」をテーマに研究して発表をしようと思って。当時、2001年ですけれど、ある刊行物に著名な音楽家の連絡先が一覧で載っていたんです。まだ個人情報保護法ができる前だったんですね。その名だたる指揮者の先生方に片端から、「僕は指揮者について調べているので、インタビューをさせてください」と往復はがきを出しました。唯一お返事をくださったのが小林研一郎先生で(日本フィル桂冠名誉指揮者)、リハーサルを見においでと言ってくださって。拙い中学生のインタビューにも親身に答えてくださいましたし、僕が「指揮者を目指しています」と言ったら、セミナーにおいでと言ってくださって。翌年からセミナーに通わせてもらいました。恩人です。そのお手紙がなければ僕、リハーサルを見る機会もなかったでしょうし、今こうしていないと思います。

2017年 ラ・フォル・ジュルネTOKYOに出演し、ラヴェル『ボレロ』を披露
演奏:東京ユヴェントス・フィルハーモニー

――素敵なお話ですね。中学生の時から膨らませてきた想いが、今回の日本フィルとの共演にもつながるわけですね。当初予定された指揮者・沖澤のどかさんがご出産の時期と重なってしまい、急遽、坂入さんに指揮をしていただくことになったという経緯も、何かドラマを感じます。

沖澤さんが素晴らしいアイデアで古典をテーマとした作品による構成を考えていらっしゃり、それを楽しみにされていたお客様もいらっしゃると思います。その素晴らしいアイデアを元に、僕なりの違うバリエーションで羽ばたかせたいというか、華やかな演奏会にできたらなあと考えて、“古典への憧れ”をテーマにプログラムを考えました。“憧れ”にフォーカスしたのです。
まず、ロシア音楽最初の作曲家ともいえるグリンカ(ミハイル・グリンカ 1804〜57)の作品から始まります。ロシア正教の聖歌をルーツとするロシア音楽を、オーケストラ音楽にした国民的な作曲家です。

――オペラ『ルスランとリュドミラ』序曲。とても華やかで心躍るような始まりですね。なんというか、キラキラ感に溢れています。

はい、絢爛豪華で、まさにキラキラです。グリンカはロシアといってもモスクワではなく、サンクトペテルブルクで活躍した人。当時のサンクトペテルブルクはフランスの影響も色濃く、洗練された白塗りの綺麗な洋館が立ち並び、西欧文化を最も取り入れた街だったのではないでしょうか。そういうところで生まれた華やかな音楽です。
そして次はチャイコフスキー(ピョートル・イリイチ・チャイコフスキー 1840~93)、『ロココ風の主題による変奏曲』。ロココ調という古い時代への憧れですね。もちろんチャイコフスキーも、グリンカの影響を受けています。
レスピーギ(オットリーノ・レスピーギ 1879~1936)は、古典への憧れが特に強く現れたイタリアの作曲家です。イタリアのバロック以前の作品をどう譜面に起こして現代の楽器でも演奏できるかということを始めた草分け的な作曲家。組曲『リュートのための古いアリアと舞曲』はまさに、中世16〜17世紀に広くヨーロッパで流行した撥弦楽器リュートの作品を、レスピーギ自身が発掘し、オーケストラのために編曲したものです。

指揮:坂入健司郎
慶應義塾大学卒業。これまでに井上道義、小林研一郎、フェドセーエフなどからアドバイスを受けている。東京ユヴェントス・フィル、川崎室内管を主宰。2018年に東京シティ・フィルに初客演。20年、日本コロムビアより『月に憑かれたピエロ』をリリース。21年に大阪響および名フィルに客演。

――優雅でのどか、うっとり聴きいってしまう曲ですね。そして最後は、レスピーギの交響詩『ローマの松』です。

この曲は、最後はアッピア街道で締められます(第4曲「アッピア街道の松」)。もっと昔、紀元前になるでしょうか、古代ローマ帝国軍がアッピア街道を凱旋してローマに帰っていく、その様子を見ていた松を描写したものです。第1曲「ボルゲーゼ荘の松」、第2曲「カタコンブ付近の松」、第3曲「ジャニコロの松」、そして「アッピア街道の松」と、一貫して「松は見ていた」ということをテーマに、古き時代のローマの情景への憧れを音楽にしたのです。

――この作品もまた、キラキラ輝くような始まりです。

実は、僕が6歳か7歳の時に人生で初めて行ったコンサートで演奏されたのが、この『ローマの松』だったんです。小学生になりたてで、やっとコンサートホールに入れるようになったので、両親にねだって大晦日のジルヴェスターコンサートに連れて行ってもらって。ところが全然知らない聴いたことのない曲なので、面白くないんじゃないかと心配していたら、始まってみたら、最初から最後までファンタジーの世界に引き込まれ、もう夢中になってしまったんです。ですので、初めてクラシック音楽を聴かれるという方にも是非おすすめの、素晴らしい作品です。レスピーギはとても色彩的で音の描写がうまい作曲家なので、古い時代の絵を見るような色のイメージがあります。
第3曲の終わりのゆっくり静かな部分では、小鳥が登場します。「小鳥の声を流す」という作曲家の指示があって、本物のナイチンゲール(夜鳴きウグイス)の声を録音したテープを流すのです。当時は舞台上で蓄音機を回していたそうですよ。小鳥の声の後は、アッピア街道の凱旋。行進のリズムが刻まれ、金管、打楽器、そしてオルガンも一体になって鳴り響きます。サントリーホールならではの、あのオルガンの音色も楽しんでいただける、これも醍醐味です。

――スペクタクル映画を見ているような高揚感がありますね。

全体を通して、席に座っていただけたらもうその瞬間から、きらびやかな世界に導かれるようなプログラムにしました。平日の午後ということもあり、ゆったりした時間の中で優雅に楽しんでいただけると思います。クラシックのコンサートは初めてという方にこそ、そして、サントリーホールでこそ是非聴いていただきたい曲ばかりです。

――インタビュー後半に続きます。