♪ 音楽家であることはミッション
2021年はじめの日。音楽界を頂点で牽引し続けてきた巨匠の言葉が、世界中の人々の胸に響きました。
毎年、ウィーン楽友協会から90カ国以上に生中継される、世界で最も有名なウィーン・フィルハーモニー管弦楽団ニューイヤー・コンサート。コロナ禍により、歴史上初めての無観客配信で演奏を終えたリッカルド・ムーティは、指揮台から降りると空っぽの客席に向き合い、しかしテレビカメラ越しに繋がっている数千万人に向かって、力強い声で語りかけたのです。
「全人類にとって非常に困難な時、私たちは今ここに集まり、音楽のメッセージが届くことを信じて演奏しています。音楽は喜びや希望、平和、人間愛をもたらします……音楽家というのは、職業ではなくミッションなのだと思います。より良い社会のために、音楽を奏で、人々に精神の糧をもたらすという使命です」
マエストロを囲むウィーン・フィル団員からも、賛同の拍手が沸き起こりました。
「ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン 2021」開催に先立ち、指揮者リッカルド・ムーティにインタビューを行いました。
その後、10月に無事来日を果たし、11月3日に公演がスタート。11月3日公演の写真をページ下部に掲載していますので、ぜひご覧ください。
♪ ウィーン・フィルとの出会い
夏。80歳の誕生日を迎え、さらなる高みに挑戦するマエストロの姿が、ザルツブルク音楽祭にありました。
この世界最高峰の音楽祭で初めて指揮を振ったのは30歳の時。伝説の巨匠カラヤンから招かれ、「何かの間違いではないかと、とても不安だった」と振り返ります。
「真に偉大な音楽家だけが集うフェスティバルで、伝統あるウィーン・フィルとの初めての共演。偉大な作曲家たちがこのオーケストラのために曲を書き、偉大な指揮者、演奏家と共演を重ねてきた歴史的な楽団ですから、経験の浅いイタリア出身の若い指揮者にとっては大冒険に挑むような気持ちで、本当に怖かった。そしてすぐ魅了されました」
それから50年、指揮者ムーティとウィーン・フィルは、数えきれぬほどのコンサート、オペラ、海外ツアーや録音を共にしてきたのです。
♪ 濃厚なチョコレート
そしてこの秋、サントリーホール恒例『ウィーン・フィルハーモニーウィーク イン ジャパン』に、マエストロ・ムーティが13年ぶりに登場します。
「私が初めてサントリーホールで演奏したのは1989年の春、フィラデルフィア管弦楽団との公演でした。ホールの音響の素晴らしさが印象的でした。エレガントで濃厚な響きが美しく、『まるでチョコレートを溶かしたカップにスプーンを入れるようだ』と感じたのを覚えています」
99年、サントリーホール招聘による『ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン』が始まると、記念すべき第1回にウィーン・フィルが選んだ指揮者は、ムーティでした。
「このホールでの共演はいつも心地良いので、4度目となる今回も心から楽しみにしています。私たちは互いに尊敬し協力し合う愛情溢れた関係、素晴らしい絆で結ばれています。ウィーン・フィルほど独自の特色を持ち続けているオーケストラは、世界でも稀でしょう。伝統の音色、フレージング、演奏スタイル。何代も世代交代をしながら伝統を受け継ぐオーケストラの歴史を、半世紀にわたり共に歩んできたと言えます」
両者が刻む輝かしい音楽の道のりに、日本の音楽ファンも時に立ち会い、惹きつけられてきました。
「日本の皆さんは世界で最も質の高い聴衆だと思います。音楽への理解が深く、音楽に入りこんで熱心に聴いてくれる。それは音楽家にとって、とても大事なことなのです。客席から、今日の演奏への期待や緊張感、やがて興奮や感動が伝わってくると、直接繋がっていると感じられ、より素晴らしい演奏へと導かれるのです」
♪ イタリアと日本と
母国イタリアで、ムーティ夫人が設立したラヴェンナ音楽祭でも積極的に活動し、若い音楽家のために自ら編成したオーケストラ(ルイージ・ケルビーニ・ジョヴァニーレ管弦楽団)の育成にも、長きにわたり力を注ぐマエストロ。近年、日本においてもイタリア・オペラ・アカデミーを開催。この春も不安定で不自由な状況を押して来日し、約1カ月間、日本の若手音楽家への熱心な指導を行っていました。
「私が長年の経験から身に付けたことを、次の世代の若者に伝えたいと思っています。音楽以外では……妻と息子たち、孫たちとゆっくり過ごす時間を大切にしたいですね。ラヴェンナ郊外の家では、サルデーニャ生まれの2頭のロバ、7羽の雌鶏、2羽の雄鶏、ナイル川からきた2羽のガチョウ、ウサギや鳩も飼っているんですよ」
チャーミングな笑顔で語ってくれました。いよいよ11月3日から、リッカルド・ムーティ指揮『ウィーン・フィルハーモニー ウィーク イン ジャパン2021』が始まります。