アーティスト・インタビュー

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若き音楽家たちによるフレッシュ・オペラ
ヴェルディ:ラ・トラヴィアータ(椿姫)

町 英和(バリトン) インタビュー

10月8日(金)「若き音楽家たちによるフレッシュ・オペラ『ラ・トラヴィアータ』」において、町英和(バリトン)は、アルフレードの父親ジェルモン役をつとめます。
公演への意気込みやジェルモンに深く共感するという思い、また、今回若い歌手やオーケストラのメンバーと共演する「フレッシュ・オペラ」の魅力やご自身が心がけていることなどを伺いました。

今回の役どころについて教えてください。

私はアルフレードの父親ジェルモンをつとめます。ヴィオレッタの純愛相手アルフレードとの間に横やりをいれていくのが、父親のジェルモンです。
この作品をはじめ、ヴェルディはバリトンにはとても特別な作曲家です。ヴェルディ自身の声がバリトンだったということもあると思いますが、彼のオペラには本当に素敵なバリトンの役が数多くあります。その中でも、父親の役としていちばんよく知られているのが、ジェルモンです。

ヴィオレッタとアルフレードの純愛に対して、プロヴァンスという田舎の親父がパリまで出てきて息子を取り返しにくるわけです。実は、僕自身も田舎の長男ですから田舎の因習やその家や家族の絆を大事にするという風習はよくわかります。コミュニティの中で家というものが果たすべき役割があり、家を家族全員で担っていく、その大黒柱になるのが長男ですから、僕もそういう風に育てられました。いつの頃からか音楽を志して東京へ出てきましたので、私の父親は僕を跡継ぎという立場から諦めた経験があり、『ラ・トラヴィアータ』のストーリーは自分の人生経験と照らしてみてもかなり深いところで共感するものがあります。第二幕で息子アルフレードに対して「プロヴァンスの海と陸」というアリアを歌うときには、やはり自分の父親のことが頭によぎります。

町 英和(バリトン) 

町さんが演じるジェルモンがとても楽しみです。『ラ・トラヴィアータ』の聴きどころをお話しいただけますか。

ストーリー自体はとてもシンプルです。シンプルなストーリーに、田舎やその当時のパリの社交界という背景、ヴィオレッタの高級娼婦という立場、心から彼女にあこがれる青年が出てくるという人間模様がまるでツタのように絡まりひだを出していく。ヴェルディはすごく表情細かく書いているので、技術的にも歌うのが大変ですが、そこにどういう気持ちを注いでいくのかが歌い手にとっては挑戦です。それがうまくいけば、お客様にとってもそこが聴きどころになるでしょう。

フレッシュ・オペラ『ラ・トラヴィアータ』の稽古風景。ジェルモン(町英和)とアルフレード(石井基幾)

今回の「フレッシュ・オペラ」では若い歌手やオーケストラの皆さんと共演されます。リハーサルを通じての感想など聞かせてください。

私にとって、今回の公演はとても新鮮です。私はもう40歳を超えまして一人の娘がいる父親ですが、ヴェルディを歌いはじめるのには42歳というのはまだ若いほうだと思うんですね。そういう意味で、周りと年齢で比べるのではなく、自分としてはフレッシュなオペラだと思って取り組んでいます。実際に、この役を一本通してやるのは初めてということもあります。今回、伝統的なイタリア・オペラの真髄をよくご存じの田口道子さんの演出でこの役に向き合えるのは、とても幸運なことです。

共演する若い皆さんについては、ヴィオレッタ役の大田原さんとアルフレード役の石井さんを横で見ていてその若さが羨ましくなりますね。怖いものなしというか、僕がちょっと躊躇して入っていきにくかったりするところを若さが持てる力でダーッと入っていく。また、オーケストラのメンバーもいま大学で音楽を勉強している学生で、皆さんとオペラをつくっていくのはとても新鮮です。オペラの練習では楽譜に書かれていないこともいろいろと起きますが、書いてあることをやりながら書かれていないことにアンテナを張っていくという経験は、とても大切だと思います。彼らの若さと可能性を10月8日の公演本番まで、年長者の自分が耕していくのが役目だろうな、と思いながらやっています。

町さんはこれまでサントリーホールのジルヴェスター・コンサートなどに出演されています。大ホールの響きについてどのような感想をお持ちですか。

今回のフレッシュ・オペラではとくに声の力というか、自分の声にいろんな色や感情をのせて、それを大ホールの隅まで届けないといけないと痛感しています。ホールの圧力に負けないように、しっかりと自覚を持ちながら、いろんなことを余すことなく伝えていきたいと思います。お客様には声を聴かせるというより、ヴェルディが声を使って書いているジェルモンや『ラ・トラヴィアータ』のストーリーを見せるようにつとめていきたい。ホール・オペラやフレッシュ・オペラの魅力は、きっとそこにあると思いますので。

サントリーホールは素晴らしいホールなので、先日オーケストラ合わせをしたときにも感じましたが、いいフォームで歌ったときは、声が聞こえるというよりは“声が見える”ホールなんですよね。本当にポーンといいところに自分の声が入ると、そこに声がブワァっと見えるんです。それが見えているときは、ああいいんだなと自分にとっても安心材料になります。
サントリーホールの客席では尊敬する歴代の名バリトン、レナート・ブルゾンさんなど聴いておりますので、その彼らが歌われた同じ舞台に立ってジェルモンをやるというのも感慨深いですね。

サントリーホール ジルヴェスター・コンサート ウィーン・フォルクスオーパー交響楽団(2017年12月31日)

最近の活動、今後力を入れていきたいことを教えてください。

コロナ禍になって音楽のやり方など多少変化がでてきましたが、いままでやってきたこと、これからやらなければいけないことを考えて、自分の軸をしっかりと持ち活動したいと思います。声楽家というのは自分が楽器ですから、人生経験をしながらその楽器としっかり向き合い、自分との対話をこれからも続けていきます。自分の中に良い可能性を見つけて、それを外に出していけるように、いい演奏会やいい役との出会い、いい音楽との出会いがますます増えていくように、自分を育てていきたいと思っています。

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