アーティスト・インタビュー

日本フィル&サントリーホール
とっておき アフタヌーン Vol. 17

出演者インタビュー(2) 田中祐子(指揮)&福間洸太朗(ピアノ)
~『ペール・ギュント』の聴きどころ、日本フィルとの想い出、お二人の“とっておき”とは?~

2020年9月19日 住友生命いずみホールシリーズVol. 48
サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番 ト短調 で初共演した
田中祐子さんと福間洸太朗さん

日本フィルとサントリーホールが贈る、エレガントな平日の午後『とっておきアフタヌーン』。“クラシックの「今」をシェアする”2021-22シーズン Vol.17は、明るいオーラを放つ田中祐子さんを指揮に迎え、9月27日(月)に開催します。ソリストは、ピアノの福間洸太朗さん、とっておきアフタヌーンに2回目の登場です。ベルリンを拠点に活動される福間さんと、パリ在住で現在は日本に長期滞在中の田中祐子さん、距離も時間も超えたオンライン上で、演奏会に向けて語り合っていただきました。お話の後半は、コンサート後半のグリーグ:組曲『ペール・ギュント』第1番 作品46/第2番 作品55(ナレーション付き)を中心に展開していきます。

2020年9月19日 住友生命いずみホールシリーズVol. 48
サン=サーンス:ピアノ協奏曲第2番 ト短調 で初共演した
田中祐子さんと福間洸太朗さん

――演奏会の後半は、日本フィルの演奏によるグリーグ作曲、組曲『ペール・ギュント』。まさに、物語を音楽で表した作品です。

田中: 組曲としては皆さんよく馴染みの曲だと思いますが、今回はストーリーにもスポットを当て、語り手として俳優・声優の森田順平さんにご参加いただきます。森田さんは舞台芸術、総合芸術に非常に通じている方で、大学でも指導されているとのこと、とても楽しみにしています。
今回の『ペール・ギュント』は音楽を聴きやすくするためにナレーションをつけるというものでは、決してありません。もともと劇作家イプセンの戯曲があって、それを作曲家グリーグがしっかり読み解き、劇音楽として作ったもの。編曲、改訂を重ねて、最終的に今の組曲の形になっています。ですから、できるだけ本来の作曲したかった形、グリーグが伝えたかったものを、少し穴埋めできればいいなと思って。実は以前に一度、この『ペール・ギュント』の台本を私が書いて演奏会をしたことがありまして、今回もそれを基本的な土台としています。

声優・俳優として活躍する森田順平さんが『ペール・ギュント』の戯曲を朗読する

――戯曲『ペール・ギュント』は、ペール・ギュントという男の、奔放で波乱万丈な生涯を描いています。恋愛あり放浪譚あり、様々な出会い、思わぬ出来事が次々に起こります。

田中: 絵本にもなっているようなお話ですが、実は非常にシビアな内容で、普遍的に人間が抱える弱さ、人間模様に向き合わなければいけない。ですから、音楽を聴きながら、何かざわざわっとした思いを感じていただければ。「あ、今日は帰ったら旦那さんに優しくしてあげよう」とか、「そうか、意外と私、幸せに生きているじゃない!」みたいな気持ちにもなるかもしれません。我々は我々なりに解釈して演奏する、つまり提案するので、それぞれに受け取っていただき、様々な気持ちで聴いていただければと思います。

台本稽古中の1枚。稽古では、田中祐子さん、森田順平さんが、それぞれ「音楽」と「語り」を聴きあいながら本番の雰囲気を作り上げていきます。

――マエストロご自身が好きなフレーズや、注目すべき楽器の音色などありますか?

田中: 弦楽器のみで奏でる「オーセの死」(オーセはペール・ギュントの母親の名)は、私が高校生の時にずっと聴いていた曲です。死を描いているのですが、暗いとか辛いとか苦しいにとどまらない、もっと先の、死に直面した後の思いとか、死というものだけにとどまらない世界観のある響きを持った、大変美しい曲です。

――「気持ちよかった!」「美しかった!」だけではなく、ちょっとモヤっとした気持ちも含め、色々な思いを巡らせながら家路につく演奏会になりそうですね。

田中: 私は、ドラマや映画でも、全部を語ってしまうような表現よりも、行間を相手に委ねるような、あえて答えを託すような表現が好きなんです。「我々はこう捉えましたが、皆さんはどう思いましたか?」みたいな距離感で演奏会をご一緒できたら、楽しいかなと思っています。

――同じ音楽を聴いていても、サントリーホールに集まった皆さん一人一人が異なるイメージを浮かべながら聴いている、と改めて考えると、とても興味深いですね。

田中: 同じ作品に対して、私と福間さんでも、同じように感じる部分もあれば異なる考えもあるし、オーケストラ一人一人も違うんですよね。名曲であればあるほど、オーケストラ全員にそれぞれの思い入れがある。前半に演奏する『パガニーニの主題による狂詩曲』も、まさにそういう曲のひとつだと思います。オーケストラというひとつの集団だから全員が同じ方を向いていると思ったら大間違いで、個の集団なんです。全員違う人たちがその時その場に集まったことにより、化学反応が起きて、最終的に何か新しいものが見えてくる。リハーサルでも、それぞれから音色でアピールがきますし、色々な意見が出てくるのが、いちばん面白いところ。指揮者としては、作品に対するそれぞれの愛情みたいなものを拾えたら最高だなと思っています。全員の意見を100%取り入れることは不可能ですが、全員で、その作品に正直に向き合いたいなという気持ちです。

――今のお話も踏まえて、日本フィルハーモニー交響楽団は、お二人にとってどういう存在ですか?

福間: 僕はたぶん、日本でいちばん多く共演しているオーケストラが日本フィルだと思います。東京でも、地方公演でもご一緒させていただきました。私にとっては大切な仲間、共演するのは大きな喜びです。とくにラフマニノフのようなロシアの作品では、重厚感のあるサウンドで、でも色彩豊かで、僕も弾きながらすごく心地よいです。
田中: 私もかなり多く共演させていただいています。初共演は2010年かな。それから毎年のように呼んでいただいて。この春には大事な定期演奏会※という場、それもサントリーホール公演で、首席指揮者ピエタリ・インキネンさんの代役を務めさせていただきました。
※2021年5月21日横浜定期演奏会・23日サントリーホール名曲公演/公演の模様は、こちらでご覧いただけます。テレビマンユニオン チャンネル
その興奮冷めやらぬうちに、この「とっておきアフタヌーン」の打ち合わせが始まったんです(笑)。でも定期演奏会も名曲コンサートも、私の中では向き合う姿勢はまったく同じ、作品の良さをとにかく感じていただきたいと思っていて、それを共有できるオーケストラですね。とても明るくて。全国的にファンがいるオーケストラですよね。
福間: 今思い出しましたが、2011年に東日本大震災があった直後、在京の多くのオケが公演を中止するなかで、日本フィルは通常通り公演を開催したんですよね。私の中では、聴きたい人のことをすごく大切に考えているオーケストラなんだなという印象を持っています。このコロナ禍でも、オンライン配信も積極的にされていましたし。

2018年9月14日 とっておきアフタヌーン Vol. 8 に出演
左からピアノ:福間洸太朗、バリトン&ナビゲーター:加耒 徹、指揮:川瀬賢太郎

――昨年、サントリーホールでもまったくコンサートを開催できなかった2カ月間を経て、最初に行ったのが、まさにこの「とっておきアフタヌーン」の特別バージョン、広上淳一指揮、日本フィルによる無観客での演奏会でした。初のオンライン配信の試みで。あの時の感動は、多くの方々の胸に残っていると思います。今回の公演は、同時に有料オンライン配信(リピート配信あり)を行います。

田中: オンライン配信の話が出たところで、この機会に福間さんに伺ってみたいのですが、コロナ禍のこういう状況で、お客様に来ていただいて演奏をするということについて、どういう意見を持たれていますか?
福間: 昨年初めて無観客でのオンライン配信を何度かやらせていただいたのですが、ライブでのお客様の存在のありがたみと大切さというのを再認識しました。どんな状況でもベストを尽くすことは変わらないのですが、やはりその場にお客様がいて交流することがこんなにも力になるんだなと。この状況下で「ぜひぜひいらしてください」とは僕の口から言えないので、お一人お一人の意識や環境、ご事情で決めていただくしかないのですが、ひとつ言えるのは、コロナ禍によって今まで当たり前に出来ていたことが出来なくなった状況で、立ち止まって色々なことを考えたと思うんです。本当に大切なことは何なのかとか、将来について、地球環境について。それが何らかの形で演奏にも表れてきているんじゃないかなと思っています。この経験から学んだことを活かして次に進んでいくことが、私たちがなすべきことなのかなと。田中さんはいかがですか?
田中: 私も1年前に無観客ライブ配信をさせていただいたときに、オーケストラの皆さんも二通りに分かれていて。お客様の拍手がないのはどうしても寂しいとおっしゃる人と、そうではないんじゃないかという人と。実は私は後者で。指揮棒を振り下ろした瞬間に自分の手から離れる感覚なんですよね。ですから、「届けている」という意識は、無観客でも、その場にお客様がいらっしゃるのと変わらなかった。その時逆に初めて知ったのは、私はずっと自分がお客様のために頑張ろうとしていると思っていたのですが、「あ、半分ぐらいは作曲家のためにやっているんだ、私」、ということ。お客様がその場にいらっしゃるかどうかというのとは別の次元で、作品に向き合えた瞬間だったんです。拍手やブラボーをどれだけいただけるかについては、あまり執着していなかったんだなと初めて気づいて。
福間: 僕は拍手大好き人間なので……(笑)
田中: それもそうなんです、私もその後お客様に来ていただけるようになって、お客様からの拍手喝采を聞いた時に、「あ~、この感じ!」と改めて喜びに浸ったりもして。お客様と一緒に創るものでもあるし、でも、お客様の聴いていないところでも作品は生き続けるもの。それが、何百年続いてきたクラシック音楽のすごく尊いところ。両方の価値があると教えてもらえた気がします。

2018年4月 サントリーホールを一日無料開放する主催公演「オープンハウス」に出演。演奏だけでなく、指揮者体験やトークでも大活躍
2020年6月 異例の無観客オンライン開催となったサントリーホール主催公演「CMGオンライン」に出演

――貴重なお話をありがとうございます。このコロナ禍では、本当に改めて気づくことも多く、個人それぞれの立場や環境での意識、考え方が問われますね。

田中: ただ、無観客か有観客かという話と、生の音を聴いていただく醍醐味という話は、ちょっと別物です。やはり、サントリーホールの響きというのは世界中どこを探してもないわけで、私にとってはホールが楽器のひとつですし、サントリーホールでやるからこういう流れにしたいというプログラムになりますし。本当はやはり、生の音を聴いていただきたいですよね。
福間: 僕も先日リサイタルをさせていただいたばかりですが、サントリーホールだからこれが弾きたいというのが当然ありますし、弾きながら、自分から発信した音が360度広がっていって、それがまた包み込んでくれる感じで、本当に心地良くて、幸せでした。

――ホールの響きも作品の一部ということですね。何だか鳥肌が立つような感動を覚えます。最後に、このシリーズ恒例の質問なのですが、「あなたにとっての“とっておき”は何ですか?」。

福間: “とっておき”と言うか、最近ハマっているものと言えば……ちょうど日本でオリンピックが始まった時期に、僕はフランスでツアーしていたので、宿泊先にもテレビがなかったですし、東京オリンピックを全然ライブで見れなくて、いじけていたんです(笑)。それで、「ひとりオリンピック!」と名付けて毎日15秒間、いろいろな方法で身体を動かして、その動画をインスタにあげました。南仏の広々とした草原で、全速力で15秒間走るとか、泳ぐとか、腕立て伏せをするとか。高校で陸上部だったのですが、何十年ぶりに全速力で走ってみたら結構楽しくて(笑)
田中: 私のとっておきはですね……ボツを覚悟で言いますが(笑)、家族、つまり夫ですね。とあるオーケストラのファゴットという楽器の奏者でして、オケマン(オーケストラ奏者)と指揮者の夫婦ってあまりいないそうで。職場での悩み、例えば彼は指揮者に対してこう思ったとか、私はオケの奏者にこういうこと言われたんだけど、なんていうことを、まったく違う角度から冷静に分析しながら話せる。お互い、すごく重たい演奏会を控えて大変な思いをしたりしているのを、違う立場から見てわかっているので、夫は指揮者に対して優しくなれると言っていましたし、私も特にファゴット奏者に対しては、寄り添って接することができているような…気がします(笑)。とても複雑な楽器であることや、オケマンという仕事が如何に大変で、多くの努力を重ねているか直近で知れることは、指揮者にとって貴重なことだと思っています。そして、二人共通の友人がすごく多いのも、楽しいです。音楽仲間であり、家族でもあるというのが、自分にとってラッキーでまさに「とっておき」です(笑)
福間: 素晴らしい! 
田中: でも言っておきたいのは、家では夫が8割方喋っていて、私は2割です。よくその逆と思われているんですけれど。で、大抵は私が小言を言われているんです。だから彼にとって癒しになっているかどうかはわかりません(笑)

インスタグラムに投稿していた「ひとりオリンピック」より(ご本人提供)

――ありがとうございました。お二人のお人柄に触れられて、9月27日(月)の公演がますます楽しみです。