サントリーホール室内楽アカデミー第6期
2020~21年 開催レポート
サントリーホール室内楽アカデミー第6期が、コロナ禍のなか、2020年9月16日にスタートした。感染症拡大防止のためにこれまで行ってきた開講式はなく、ワークショップ(レッスン)のみがひらかれた。
第6期に参加しているのは7団体。弦楽四重奏団が6団体、ピアノ三重奏団が1団体で、今期は弦楽四重奏の参加が多い。ファカルティ(講師)は、堤剛アカデミー・ディレクターのもと、第5期に引き続き、原田幸一郎、池田菊衛、花田和加子(以上ヴァイオリン)、磯村和英(ヴィオラ)、毛利伯郎(チェロ)、練木繁夫(ピアノ)が務めている。
弦楽四重奏6団体、ピアノ三重奏1団体が参加
ワークショップは、毎月2回、サントリーホールのリハーサル室やブルーローズ(小ホール)で行われている。通常であればフェロー(受講生)たちは他のグループのワークショップを聴講することができるが、やはり感染症対策のため、現在は会場での聴講ができずオンライン聴講で代替されている。
第5期に続いて参加しているクァルテット・インテグラ (ヴァイオリン:三澤響果/菊野凛太郎、ヴィオラ:山本一輝、チェロ:築地杏里)は、彼らが桐朋学園の高校生であった2015年に結成。すでに2019年の第8回秋吉台音楽コンクール弦楽四重奏部門で第1位を獲得するなど、次代を担う若手アンサンブルとして注目されている。
ポローニア・クァルテット (ヴァイオリン:東亮汰/岸菜月、ヴィオラ:堀内優里、チェロ:小林未歩)も、彼らが桐朋学園の高校生時代の、2016年に結成された。第1ヴァイオリンの東は、2019年の日本音楽コンクールで第1位を獲得するなど、ソリストとしても活躍。
レグルス・クァルテット (ヴァイオリン:吉江美桜/東條太河、ヴィオラ:山本周、チェロ:矢部優典)は、2019年に結成。ヴァイオリンの吉江やチェロの矢部は日本音楽コンクール上位入賞者。ヴィオラの山本は、第4期と第5期(アミクス弦楽四重奏団のメンバーとして)に引き続いてのアカデミー参加。
ドヌムーザ弦楽四重奏団 (ヴァイオリン:入江真歩/木ノ村茉衣、ヴィオラ:森野開、チェロ:山梨浩子)は、アカデミー参加にあたり、2020年5月に結成された。桐朋学園大学を経て、マンハッタン音楽院修士課程を修了した第1ヴァイオリンの入江は、第3期フェロー。チェロの山梨は第5期のクァルテット・ポワリエから引き続いてのアカデミー受講。
ルポレム・クァルテット (ヴァイオリン:吉田みのり/深津悠乃、ヴィオラ:古市沙羅、チェロ:中山遥歌)は、2019年結成。吉田、古市、中山の3人が桐朋学園大学3年に、深澤が慶應義塾大学大学院1年に在学している若い団体である。
カルテット・リ・ナーダ (ヴァイオリン:前田妃奈/福田麻子、ヴィオラ:太田滉平、チェロ:菅井瑛斗)は、師匠である原田幸一郎や数住岸子が組んでいた室内楽グループ「NADA」の精神を受け継ぎたいとの思いから「Re NADA」の名称を冠し、2020年に結成された。ヴァイオリンの前田と福田は国内コンクールで上位入賞を重ねる逸材。
京トリオ (ピアノ:有島京、ヴァイオリン:山縣郁音、チェロ:秋津瑞貴)は、アカデミーへの参加にあたり、2020年春に結成された。ピアノの有島はポーランド国立ビドゴシチ音楽院で修士課程を修了。ヴァイオリンの山縣はアルネア・カルテットのメンバーとして室内楽アカデミー第4期を修了。チェロの秋津も第4期修了生(個人参加)。
毎月のワークショップで作品の解釈、演奏の心構えについてアドバイス
東京クヮルテットのメンバーとして世界的に活躍した3人を始め、国際的な演奏経験の豊富なファカルティによるワークショップでは、
技術的なアドバイスもなされるが、それ以上に作品の解釈やアンサンブルとしての心構えについての助言が多い。
「好みでいうと意外性や即興性がほしい。同じ曲で同じ演奏を繰り返していると演奏がつまらなくなる」
「もう少し、微笑みがほしい。ハイドンはもっと楽しんで弾く感じがあっていい」
「いい曲だよね。だけど、何を伝えたいのか、ピンとこない。愛を伝えるのが足りない。もっと訴えないと」
「感じ合いながら4人で作ったものを聴きたい」
「ここはなぜクレッシェンド? なぜアッチェレランド? 楽譜の記号の裏を読み取ることが大切」
「難しいことだけど、もっと楽しんで身体を動かして弾いたら」
「音楽に“合っている、間違っている”はない。君たちのやりたいことを」
「シューベルトは、歌を意識して。歌手のようなアクセントがほしい。もっと自由に弓を返してもよい」
など、ワークショップの取材で、筆者もファカルティの名言を数多く聞いた。
通常のワークショップのほか、フェローたちは、10月にとやま室内楽フェスティバルにも参加。
合宿のような形で、ワークショップやコンサートなどに取り組んだ。
2021年4月に、チェンバーミュージック・ガーデンへ向けての「選抜演奏会」(非公開)があり、全団体が全ファカルティの前で演奏した。
堤 「とてもよくまとまっていた。アンサンブルの完成度が高まった」 (ポローニア・クァルテットへ)
原田 「クァルテットとしての完成度、すごく高い」 (クァルテット・インテグラへ)
池田 「鮮やかでインプレッシヴ」 (カルテット・リ・ナーダへ)
花田 「すごくエキサイティングで楽しみました。4人のグループ感がクァルテットらしい」 (ドヌムーザ弦楽四重奏団へ)
磯村 「とても良かった。(バルトークの第3番を)メカニックに演奏する団体が多いが、今日は楽しませてもらった」 (レグルス・クァルテットへ)
毛利 「グループとしての音が出るようになった」 (ルポレム・クァルテットへ)
練木 「トリオとして熟してきた」 (京トリオへ)
など、演奏直後のファカルティの言葉には、この半年間でのフェローたちの研鑽の成果が表れていた。
そして6月に、フェローたちにとっては1年間の成果の発表の場となる「チェンバーミュージック・ガーデン」(以下、CMGと略す)が開催された。
昨年は無観客でのオンライン配信となったが、今年は聴衆がブルーローズに戻ってきた。
エルサレム弦楽四重奏団のメンバーによるマスタークラス
CMGの期間中に、ベートーヴェン・サイクル敢行中のエルサレム弦楽四重奏団のメンバーによるマスタークラスが非公開で開催された。彼ら4人が集ってアドバイスするのではなく、メンバー一人ひとりがクラスを持つスタイル。
ポローニア・クァルテットは、ヴィオラのオリ・カムの指導を受けた。曲はシューベルトの弦楽四重奏曲第13番「ロザムンデ」第1楽章。カムは、冒頭は第2主題以降の展開を考えて長い視野を持つこと、第2ヴァイオリンは川の流れだからメロディに合わせたりしないこと、フォルテはオーケストラのように開放的に、ピアノは逆にテンション高く、などの興味深いアドバイスを、自ら楽器を弾いたり、歌ったりしながら、フェローたちにした。
第1ヴァイオリンのアレクサンダー・パヴロフスキーはレグルス・クァルテットに「クァルテットは、アカデミズムでもサイエンスでもなく、楽器の会話です。もっと喜びをもって、とても楽しく!」と語った。そのほか、第2ヴァイオリンのセルゲイ・ブレスラーがルポレム・クァルテットを、チェロのキリル・ズロトニコフが京トリオを指導した。
「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン」で研鑽の成果を披露
「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会」は、6月12日と26日に開催された。
クァルテット・インテグラは、武満徹の「ア・ウェイ・ア・ローン」では、一体感のある濃密な演奏を披露。モーツァルトの弦楽四重奏曲第14番第3、4楽章では、音楽的な表情の変化の速さがモーツァルトにふさわしい。ヴィブラート、ノン・ヴィブラートを効果的に交えた、魅力的なモーツァルト演奏を聴くことができた。全員のアイコンタクトも素晴らしい。
ポローニア・クァルテットは、シューベルトの「ロザムンデ」第1楽章を慎重かつ丁寧に奏でた。第1ヴァイオリンの東の音色の美しさが際立つ。フレージングにも気を使い、シューベルトらしい歌が聴けた。内声部も充実。バルトークの弦楽四重奏曲第2番第2楽章でも個々の技量の高さとアンサンブルとしての一体感を感じた。
レグルス・クァルテットは、12日のフェロー演奏会のトップバッターとして、ハイドンの弦楽四重奏曲第75番第1楽章を演奏。その冒頭の主題から4人の個性の違いが示された。ハイドンとともに、吉江が第1ヴァイオリンを務めたバルトークの弦楽四重奏曲第3番では全員のノリが伝わってくる。とりわけ第2ヴァイオリンの東條が積極的。ハイドン、バルトークでは吉江が、ラヴェルの弦楽四重奏曲では東條が第1ヴァイオリンを務めた。
ドヌムーザ弦楽四重奏団は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第2番第1、4楽章を、しなやかかつ俊敏に奏でた。第1ヴァイオリンの入江の軽やかでダイナミックスの幅の広い演奏が素晴らしい。チェロの山梨が動的で表情豊か。バルトークの弦楽四重奏団第4番は4人に音楽的な躍動感があった。
ルポレム・クァルテットは、メンデルスゾーンの弦楽四重奏曲第2番第4楽章を取り上げた。第1ヴァイオリン吉田のリードが際立つが、第2ヴァイオリン深津の積極的なアンサンブル参加も印象に残る。ヤナーチェク晩年の弦楽四重奏曲第2番「内緒の手紙」第1、2楽章は激しく、若々しい感覚での演奏。
カルテット・リ・ナーダは、ドヴォルザークの弦楽四重奏曲第12番「アメリカ」の第1、2、4楽章を弾いた。第2楽章の濃厚な演奏が印象に残る。第1ヴァイオリンの前田がよくヴィブラートのかかった音でたっぷりと歌い、チェロの菅井も活躍。
京トリオは、ベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」第1楽章、ブラームスのピアノ三重奏曲第2番第1楽章を演奏。有島はエレガントで美しい音を奏でる。ブラームスでは弦楽器の二人がよく溶け合っていた。
6月27日の「フィナーレ2021」には、クァルテット・インテグラが出演。コンサートの冒頭、シューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」第2、4楽章を演奏。4つの楽器が溶け合い、かつ、各楽器が明確に聴こえる。そしてここでもヴィブラートとノン・ヴィブラートが巧みに使い分けられる。表情の大胆な変化も印象的であった。
最後に、選抜されたフェローによって編成されたCMAアンサンブル(16名、指揮者なし)の演奏もあった。立奏。コンサートマスターの位置にはインテグラの三澤響果。まず、没後100周年のサン=サーンスのオラトリオ「ノアの洪水」間奏曲と「アレグロ・アパッショナート」(山本祐ノ介編曲)が取り上げられた。「アレグロ・アパッショナート」では堤ディレクターが独奏者として加わり、情熱的な演奏を披露。そして、最後は、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第13番第5楽章「カヴァティーナ」を弦楽合奏で。中間部での三澤のソロが感動的であった。
コロナ禍の1年間に途切れることなくワークショップが開催され、CMGが無事再開されたのは、幸いであった。第6期フェローたちのあと1年での飛躍が楽しみである。