日本フィル&サントリーホール
とっておき アフタヌーン Vol. 17
出演者インタビュー(1) 田中祐子(指揮)&福間洸太朗(ピアノ)
~共演曲『ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲』の想い出~
日本フィルとサントリーホールが贈る、エレガントな平日の午後『とっておきアフタヌーン』。“クラシックの「今」をシェアする”2021-22シーズン Vol.17は、明るいオーラを放つ田中祐子さんを指揮に迎え、9月27日(月)に開催します。ソリストは、ピアノの福間洸太朗さん、とっておきアフタヌーンに2回目の登場です。ベルリンを拠点に活動される福間さんと、パリ在住で現在は日本に長期滞在中の田中祐子さん、距離も時間も超えたオンライン上で、演奏会に向けて語り合っていただきました。お話の前半は、有名なフレーズでお馴染みの「ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲」について、同曲をめぐるお二人のエピソードや、作品の聴きどころを中心に展開していきます。
田中: 福間さん、こんにちは、お久しぶりです! そちらは今、ベルリンの朝ですか?
福間: はい。ここ数日、南仏プロヴァンスで行われている音楽祭に参加してきまして、昨晩ベルリンに戻ってきたばかりです。今日はよろしくお願いします。
――おふたりは、昨年9月に初共演されたと伺っています。お互いにどのような印象を持たれましたか?
田中: 福間さんは、一言でいうと「オープンマインド」な印象です。音楽的にも、お人柄も。その時のオーケストラ(関西フィル)とは初共演でいらしたのに、そうとは感じさせないような距離感。かといって不用意に相手に踏み込んでいくのではなく、「僕はいろいろな距離感でこの場を楽しみますよ」というオープンマインドなスタイルを、音色からも感じました。音楽の解釈も、作品をまっすぐ正面から捉えていながら、オーケストラサウンドをしっかり聴いてくれる。そして、初対面にも関わらず、初日からとても会話が弾んだことを、よく覚えています。
福間: 私も、田中祐子さんのご活躍はもちろん存じ上げていましたし、共演する前にYouTubeで様々な音楽家と対談されている様子などを拝見していたので、初対面という感じもなくお会いできて、気さくに対応していただけたので、心からすごく安心して演奏できました。演奏会直前に曲目の変更もあり、自分にとってはチャレンジな場だったのですが、田中さんにサポートしていただいて、とても楽しむことができました。
――それに引き続き、今回で2回目の共演になるのですね。今回共演される曲は、ラフマニノフ:パガニーニの主題による狂詩曲 作品43。福間さんにとっては、2018年の「とっておき〜」に続いて、今回もラフマニノフの作品です(2018年はピアノ協奏曲第2番)。
福間: 『パガニーニの主題による狂詩曲』は、ラフマニノフのコンチェルトの中でも、僕が最も多く演奏してきた曲かもしれません。初めて演奏したのは、クリーヴランド国際コンクールで優勝した翌年(2004年)の受賞者記念コンサートでした。88歳の経験豊富な指揮者と、現地の学生オーケストラとの共演だったのでリハーサルを何度も重ねることが出来て、良い演奏ができました。その後、日本でも何度か演奏しています。それ以前に、この曲で一番強烈な思い出と言えば……
2000年に浜松国際ピアノアカデミーに参加したのですが(当時、福間さんは高校2年生)、そこに上原彩子さんも参加していて。小さい頃から活躍されていてテレビの中の人と思っていた上原さんとお会いできて、嬉しくて、いろいろお話もさせてもらったんです。僕はアカデミーコンクールの予選で終わってしまいましたが、彼女はもちろん本選に進んで。その時の曲が、『パガニーニの主題による狂詩曲』だったんです。「初めて弾く曲だからとても緊張する」と上原さんが言うので、すごく意外に思い、咄嗟に、「僕でよかったら練習パートナーをさせてください!」と申し出たんです。二台のピアノで一緒に練習して、彼女は見事アカデミー史上初のグランプリに。その演奏がすごく衝撃的だったのを覚えています。数カ月後、彼女はシドニー国際コンクール第2位、そして翌々年のチャイコフスキー国際コンクールでこの『パガニーニ〜』を弾いて優勝され、世界的なピアニストとして活躍されていくんです。だから僕の中では、あのとき僕と練習したことで自信をつけて優勝されたんだなあ、と勝手に解釈しているんです(笑)。
――きっと、福間さんのサポートが力になったんですね。田中さんは、この作品について何かエピソードがありますか?
田中: 私は、ラフマニノフのピアノ協奏曲第2番に比べると、『パガニーニ〜』を指揮する機会は今までとても少なかったです。そのなかで、今お話に出た上原彩子さんとの共演もありましたよ。
福間: へえ〜!
――主題と24の変奏からなる協奏的な狂詩曲(ラプソディー)、と紹介されていますが、聴きどころを教えてください。
田中: 第18変奏が大変有名で、きっと皆さん耳馴染みもあり、この作品の代名詞のような美しいフレージングだと思います。が、むしろ私は、ラフマニノフがパガニーニというヴァイオリニストをすこし皮肉った一面が垣間見られる、「悪魔的なハーモニー」に注目していただきたいと思っているんです。
――悪魔的なハーモニー?
田中: 作曲の経緯からして、ラフマニノフは、パガニーニには悪魔が宿っていた、あのヴァイオリンの超絶技巧は悪魔に魂を売った引き換えに得たのだという伝説を頭に置いていたと思うんです。後にこの曲がバレエ化されるときに、ラフマニノフ自身が、その悪魔伝説を元にパガニーニの人生を筋立てにしたらどうかと提言したという話が残っているほどですから。
この作品の中には、ソリストとオーケストラが拮抗して闘いをイメージさせるようなところもあれば、ハーモニーとしてぶつかり合うようなところもあるし、オーケストレーションでも、ここでこの楽器を重ねるか?!というような金属的な音色を鳴らしたり、他のラフマニノフの曲にはあまり無い、デモーニッシュ(悪魔的)なハーモニーを私は感じるんですね。綺麗な美しい部分だけでなく、ラフマニノフの遊び心、意地悪さというようなところも楽しんでいただけるといいなあと思っています。最後の終わり方も、「えっ?」って狐に摘まれたような、完全に解決しきらないような終わり方。そういったところが面白い。
福間: たいていのコンチェルト(協奏曲)は、ピアノとオーケストラが一緒に作り上げていく、協調性のようなものが求められるんですけれど、この曲は、もちろんそういう部分もありますが、むしろピアノとオーケストラがせめぎあうようなとてもスリリングな感じがあって、そこが大好きです。調性も、イ短調から始まって、様々な調性に展開していくのが面白い。カラーもどんどん変わっていき、色々なキャラクターが見えるというか。私は憑依型のピアニストでありたいと思っているので、一人の人格が変わっていくというよりは、色々なキャラクターになりきって変わっていく感じ。そのキャラクターのひとつが悪魔ですね。最後の終わり方も、散々引っ掻き回しておいて、ちょっと意地悪な悪魔がニヤッと笑っているようなところがたまらないですね。
田中: うん、そうそう!
福間: 第16変奏では、コンサートマスター(オーケストラのまとめ役)とピアノがデュエットする部分があるんです。変ロ短調という調性に変わり、ピアノ伴奏としてはとても単調でブツブツと憂鬱な感じ。あまり魅力を感じていなかったのですが……すごい個人的なエピソードで恥ずかしいのですが、先ほど話したクリーヴランドでの学生オーケストラとの共演の時に、コンサートマスターがとても魅力的で。この第16変奏のデュエットは、すごいドキドキしながら弾いていたんです。今でもその部分がくると思い出してしまって、私としてはひとつのお気に入りの部分です(笑)
――ときめきが蘇ってくる感じ! いいですね。まさに、この演奏会のサブタイトルにつけられたテーマ 「胸に迫る浪漫とノスタルジア」ですね。青年の淡い恋心を想像しながら聴いてみたいです。
田中: 私の大事な友人の、とあるオーケストラ奏者も、「ラフマニノフって、やっぱり恋してないと吹けないよね~」という名言を残しています(笑)。ほんの4小節間のソロでも恋をしていないと奏でられないというぐらい、濃厚な旋律が多いですよね。
福間: 恋した経験、切ない思いとか、こんなに想っても伝わらないとか、そういう色々な経験をしているかしていないかで、演奏表現も全然変わってきますね。
田中: それと、ラフマニノフが変奏曲を書く時の構成力が、抜群だと思います。私はそこが大好き。
福間: ストーリー性がありますよね。ひとつの大きな映画を観ているような。闘いの場面もあれば、恋に落ちるような場面もあるし、色々な感情が湧き起こります。私自身も、弾きながら色々想像し、感じたいと思っています。