『Hibiki』Vol.15 2021年8月1日発行
特集: コンサートは、新しい世界に出会う場所
思いっきり気分を開放したい! 刺激がほしい! 喜びや切なさを誰かと共有したい!
そんなときは、サントリーホールへ出掛けてみませんか?
今まで知らなかった初めての感覚に出会えるかもしれません。
新鮮な驚きや刺激に圧倒されるでしょう。
新たな出会いのその先には、過去から未来へと続く大きな世界が広がっています。
♪ 一度きりの出会い
1986年10月12日に「東京初のコンサート専用ホール」として生まれたサントリーホールでは、これまで2万回近いコンサートが開かれてきました。百人規模のオーケストラによる壮大なシンフォニーが響く日もあれば、たった1台のピアノや弦楽器による胸に沁み入るリサイタルもあり、生の歌声に圧倒される日も。クラシック音楽のみならず、ウインドミュージック(吹奏楽)、ジャズ、ミュージカルや映画音楽、最先端の現代音楽まで、ジャンルも形式も幅広く様々。奏者は世界各地からやって来ます。大ホールとブルーローズ(小ホール)、昼公演と夜公演、ひとつとして同じ場はありません。一度きりの出会いです。
サントリーホール自主企画公演では、時に大胆なチャレンジがなされ、まったく新しい音楽の場が生まれてきました。「ホール・オペラ®」*もそのひとつ。独自のオペラの表現形式です。
*サントリーホールが独自に考案したオペラの形式を、「ホール・オペラ®」として商標登録しています。
初めて出会うホール・オペラ®
♪ オペラの歌声を響かせたい!
舞台に幕も無く、舞台転換をするバックステージも無く、オーケストラ・ピットも無いサントリーホールで、なぜ、どのようにしてオペラを上演してきたのでしょうか。そこには、開館以来コンサートの企画制作に邁進してきたスタッフたちの、熱い思いがありました。
「音楽史上とても重要な作曲家であるヴェルディやワーグナーの最高傑作は、オペラ作品です。その音楽を、歌を、このホールに響かせ、日本の音楽ファンにお届けしたいと思ったのです」
と、エグゼクティブ・プロデューサー眞鍋圭子。巨匠カラヤンのもとで様々なコンサートやオペラ制作の現場を見聞し、サントリーホール設立計画の段階から携わってきた人物です。オペラは交響曲よりずっと前の16世紀末に生まれ今に続く、クラシック音楽の基本だと言います。
♪ ホール・オペラ® 誕生
開館3年目、まずは演奏会形式のオペラ・コンサートを試みます。「作曲家が、オーケストラにも大いに物語らせている作品を」と、オペラ発祥の地イタリアを代表する19世紀の作曲家ジュゼッペ・ヴェルディの作品を取り上げました。世界的オペラ歌手の歌声がホールに響きわたり、以後4年間で5作品を紹介するシリーズに。そのすべての作品に主役級で出演したイタリアの名バリトン、レナート・ブルゾンの言葉が、さらなる挑戦のきっかけに。
「『オペラ作品を歌うには、役を演じながらでないと感情移入しにくいんだ』とおっしゃって。譜面台を前に並んで立って歌っていても、自然に身体が動くんですね。それでは、衣装をつけて演技もつけて、オペラ劇場のようにはいかないけれども、このホールの空間を活かした舞台演出を考えましょうと。音楽が生きて、ドラマが生きて、一体となるような舞台を、指揮者、歌手、美術家、照明家、ホール側スタッフ、関わる全員でアイデアを持ち寄り、ゼロから創っていきました」
まだ誰も経験したことのない、新しいオペラのかたち。客席側にも舞台側にも新鮮な発見がたくさんありました。
「『臨場感があって芝居の内容がよりよくわかって面白い』『オーケストラ・ピットが無いぶん、舞台が近くて役者(歌手)の表情までよく見える!』とお客様からの声。一方歌手たちは、『舞台に出た途端お客様に囲まれ、あたたかい気持ちが降り注いでくるようだった』『どちらを向いて歌っても、きちんと音が返ってくる!』と。ここならではの音響、聴衆をすぐそばに感じる安心感と楽しさに、歌手たちもオーケストラも興奮していました」
♪ 21世紀の発信源に!
こうして93年に生まれた「ホール・オペラ®」。ヴェルディ、プッチーニ、モーツァルトなどのオペラの真髄を、毎年オリジナルのプロダクションで上演するという、とてつもないチャレンジを続けます。さらに……
「21世紀に向け、新作オペラに挑もうと。日本の東京のサントリーホールから、欧米に向けてホール・オペラ®を発信するのだ、という意気込みでした」
作品を委嘱したのは、中国出身の新進気鋭の作曲家タン・ドゥン。ニューヨークを拠点に活動する東洋の作曲家と、サントリーホール、上海大劇院、オランダのネザーランド・オペラ、アムステルダム音楽劇場共同の大プロジェクトに発展しました。5年がかりで完成したオペラ『TEA』は、舞台と客席が一体となり、音と歌と情景が溶け合った未知の時空間が、サントリーホールに出現しました。
ホール30周年には、世界の音楽ファン憧れの『ザルツブルク・イースター音楽祭』のプログラムを、指揮者もオーケストラもそのまま招聘するなかで、ホール・オペラ®史上初となるワーグナーの超大作『ラインの黄金』を上演。〝神々の世界〟が立ち現れました。
♪ 耳で味わうオペラ
様々な伝説を持つホール・オペラ®が、35周年のこの秋、5年ぶりに開催されます。演目は『ヴェルディ:ラ・トラヴィアータ(椿姫)』。美しきトラヴィアータ(=道を外した女)を巡る、ドラマティックで聴く者の感情を大きく揺さぶる悲恋物語。〝最も有名なオペラ〟を堪能する絶好の場です。
演出は、イタリアのオペラ界に長く携わり、日本では初期の頃からホール・オペラ®を舞台裏で支えてきた、オペラ演出家・田口道子。
「ホール・オペラ®の良さは音楽に集中できること。オペラ劇場の舞台は視覚優先になりがちですが、このホールでは聴くことに対して贅沢に凝ることができます。音楽が心に沁み入り、作曲家が意図した通りの場面を音楽そのものからイメージできるような、聴覚と視覚がひとつになる表現を演出したいです」
と田口氏。歌の言葉やメロディに込められた気持ちが自然に動きに現れ、歌声や音楽で細やかな心情がリアルに伝わること。シンプルだけれども正統的なオペラの醍醐味を伝えられれば、と言います。
指揮は、ホール・オペラ®ファンにはお馴染み、現在、世界の名だたるオペラ劇場で活躍するニコラ・ルイゾッティ。今までに7つのプロダクションを共に制作したプロデューサーの眞鍋いわく、
「頭の先から爪先まで音楽に溢れていて、熱血で、イタリア人らしい明るいエネルギーに満ちた人。ルイゾッティのヴェルディに、皆が巻き込まれることでしょう」
そして、圧倒的な美声と美貌、演技力で、主人公ヴィオレッタを演じるズザンナ・マルコヴァを中心に、オペラ界のスター歌手が舞台に揃います。
イタリアから、指揮者ニコラ・ルイゾッティのメッセージが届きました
10年ぶりにサントリーホールのホール・オペラ®を手掛けることに、とても興奮しています。待ちきれません!
『ラ・トラヴィアータ』は、時代や歴史を超えて残る名作。この作品でヴェルディが伝えたかったのは、世界に共通した社会的問題であり、愛のあり方です。主人公の若い恋人たちは、当時の社会が美徳としていた条件から外れていたゆえ、愛を断念せざるを得ません。これは作曲家自身の人生の問題でもあり、その愛のあり方を、当時の社会に問うたのでしょう。
音楽とは触れ合いです。魂の琴線に、感受性に触れることができる。皆さんの日々を生き生きとした幸せなものにできるよう、我々は最高の演奏をお届けします。ぜひ聴きに来てください!
> ニコラ・ルイゾッティからのメッセージ動画はこちら
♪ 若き音楽家たちによるフレッシュ・オペラ
今回の舞台では、「サントリーホール オペラ・アカデミー」*の存在にも注目です。世界的オペラ歌手が毎年ホール・オペラ®にやって来るのをきっかけに、日本の若き声楽家たちの育成の場として93年に開講しました。『ラ・トラヴィアータ』の日本人キャストには、アカデミー修了生や、かつてホール・オペラ®の合唱を経験し現在活躍中のソリストが登場。合唱団にも、アカデミーで学んだ修了生たちが参加します。
> 「サントリーホール オペラ・アカデミー」についてはこちら
さらに、公演中日には「フレッシュ・オペラ」と題し、アカデミー修了生を中心にカバーキャストや合唱団としてホール・オペラ®の稽古場を支える若き歌手たちによる、もうひとつの『ラ・トラヴィアータ』が上演されます。演奏は桐朋学園オーケストラ。演出は本編と同じ田口道子。細やかな指導を受け、スター歌手のオーラを肌で感じながら稽古を積んだ瑞々しい才能、世界での活躍を夢見て挑戦する若きエネルギーは、また別の感動を生むことでしょう。オペラとしては破格のチケット料金も、魅力です。
何かが起こる!? 夏の音楽フェス
♪ 今、生まれる音楽
8月22日から28日まで最先端の音楽フェスが開催されます。〝耳が目覚める! 頭に響く! 圧倒的ナナメ上 音楽フェス〟がキャッチフレーズの『サントリーホール サマーフェスティバル』。何やらいつものホールと雰囲気が異なるようですが、どんなフェスなのでしょうか?
「何か面白いことを夏にやろう! と、1987年から始まったのがサマーフェスティバルです。普通じゃないことにチャレンジする1週間。毎年開催するうち、聴衆も一体になって盛り上がり面白い現象が起こる、コンテンポラリー(同時代の)音楽に特化するようになったのです」
と、サントリーホール企画制作部長・河野彰子。現代音楽というと難解なイメージを持ってしまいがちですが、現場は、ライブなエネルギーが渦巻く生き生きとした空間になっているようです。
「今を生きる作曲家が生み出す、今という時代を映し出す音楽なので、共感も反論も含め、聴いている方々の中で何か熱い反応が起こるようです。現代に暮らす誰もが、平等に自由に向き合える音楽。『未来のクラシック音楽を聴いているのですね』とおっしゃった方がいて、まさに! と思いました。現世代の作曲家の仕事は、ポップスやロックに繋がったり、邦楽を取り入れたり、ジャンルの垣根を軽く超えます。多様でボーダレス。既成概念とは異なる新しい音楽表現を追求するので、演奏者にも相当な能力が求められます。楽譜も、音符ではなく図形のようなものが描かれていたり、様々な指示が言葉で書かれていたり。想像を超えた新しい奏法、あり得ないような超絶技巧も。見たこともない楽器を調達したり、製作することもよくあります」
作曲家の自由な発想に、ひたむきに応える奏者の姿にも注目です。
♪ レガシー
サマーフェスティバルは、「ザ・プロデューサー・シリーズ」「テーマ作曲家」「芥川也寸志サントリー作曲賞選考演奏会」の3本柱。なかでも「テーマ作曲家」は、開館初年度から「サントリーホール国際作曲委嘱シリーズ」として始まったもので、今年のマティアス・ピンチャー(1971年ドイツ生まれ)はNo.43。これまでに、世界の42人もの作曲家たちが新たな作品を創造する場となってきたのです。No.1は日本が誇る世界的作曲家、武満徹でした。武満はこのシリーズの初代監修者として、次のような言葉を残しました。
――この創造的な試みは、けっして一時的なイヴェントとして終らず、永遠の意義を得るに相違ない。コンサートホールが、たんなる鑑賞の場に止まらず、創造空間として、私たちの生活を活気づける。さまざまの異なった文化思潮が、音楽を通じて、語り合うことによって、私たちが当面している種々の困難は、いつか、打開の道を見出すだろう。(抜粋)
「芥川也寸志サントリー作曲賞」は、やはり戦後日本を代表する作曲家、芥川也寸志の功績を記念して創設された賞で、日本人新進作曲家の登竜門となっています。今年31回目となる選考演奏会は、ノミネートされた3名のオーケストラ作品が演奏された直後に、その場で公開選考を行うというもの。初めて耳にする響き、選考委員それぞれの講評に、観客も当の作曲家と一緒になってドキドキ、ちょっとしたスリルも味わえます。
♪ 世界の最先端をライブで
毎年異なるプロデューサーが独自の視点でプログラムを構成、現代音楽の粋を紹介するのが「ザ・プロデューサー・シリーズ」。今年は、フランスが世界に誇る現代音楽の精鋭集団アンサンブル・アンテルコンタンポランがプロデュースします。彼らから読者の皆さまへ、こんなお誘いが来ています。
「まさに今生きている音楽、そして20世紀の現代音楽のルーツを、たっぷりお聴きいただきます。きっと何かを感じていただけるはず。サントリーホールで皆さんと一緒に音楽の冒険と探求の1週間を過ごすことを、楽しみにしています」
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