日本フィル&サントリーホール
とっておき アフタヌーン Vol. 16
出演者インタビュー(2) 川瀬賢太郎(指揮)&岡本誠司(ヴァイオリン)
日本フィルとサントリーホールが贈る、エレガントな平日の午後『とっておきアフタヌーン』。“クラシックの「今」をシェアする”2021-22シーズンが始まります。6月7日Vol.16のテーマは「勝つ!克つ!活!クラシック」。どんなコンセプトで、どんな演奏が繰り広げられるのでしょうか?指揮は、本シリーズ2回目の登場となる川瀬賢太郎さん。ヴァイオリニスト岡本誠司さんとは初共演です。そしてこのインタビューで初対面を果たしました。おふたりにお話を伺います。
――まずは今回のプログラムについてお話を伺いたいと思います。「勝つ!克つ!活!クラシック」というテーマはどこから?
川瀬:これね、今回俳優の高橋克典さんがナビゲーターなので、お名前にちなんで克(かつ)に絡めたテーマにしたいというオーダーが、主催者からきまして。どえらいダジャレ路線できたな~と(笑)
岡本:(爆笑)
――克典さん繋がりだったんですね! 高橋克典さんは昨年のシリーズからナビゲーターとしてご登場いただいており、今シリーズもVol.16と18で、演奏会の進行・トークの聞き手として活躍いただきます。
川瀬:それで、僕はサッカーがすごく好きなんですけれど、スポーツのアンセム(応援歌)によく使われている曲などを選んで、ダジャレを乗り切ろうと(笑)。これが初めてのクラシックコンサートだという方も多くいらっしゃると思うので、わかりやすい、誰もが一度は耳にしたことがある曲、生で聴いてみたかった!という作品を、という思いでプログラムを決めました。ヴェルディのオペラ『アイーダ』は戦いの中での恋愛悲劇、その中から戦争に勝利した場面、読んで字のごとく「凱旋行進曲」を。ワーグナーの楽劇『ニュルンベルクのマイスタージンガー』前奏曲や、ホルストの組曲 『惑星』の第4楽章「木星、快楽をもたらす者」も、サッカーの試合などでよく流れる曲です。
――イギリスの作曲家ホルスト の「木星」のメロディは、イギリスの愛国歌(我は汝に誓う、我が祖国よ)でもありますし、ハイドン『弦楽四重奏曲第77番「皇帝」』は、現在のドイツ国歌ですね。オリンピック・イヤーのこの季節にもぴったりの選曲です。
川瀬:そうですね、ヴェルディはイタリア、ホルストはイギリス。バッハ、ワーグナー、ハイドンはドイツ。
岡本:ヴィエニャフスキはポーランド。
川瀬:そうですね。コンパクトなコンサートの時間の中で、いろいろな国の作曲家の作品を楽しんでいただけます。
――岡本さんは、バッハそしてヴィエニャフスキの名を冠した国際コンクールで受賞されたこともあって、選曲されたとのことでした。
岡本:そうですね。僕も「勝つ!克つ!活!」のテーマは伺っていたので、バッハ『ヴァイオリン協奏曲 ニ短調 BWV1052R』はとても力強い作品ですし、ヴィエニャフスキ『華麗なるポロネーズ』は、華やかな、そして力強い金管のファンファーレで始まる曲なので、勝つ!のイメージかなと。
――コンクールでも弾かれた曲ですか? 自分に克つ、みたいな意味で選ばれたのかと。
岡本:『華麗なる~』は、コンクールでも演奏しましたし、コンクール直後の入賞者ツアーではポーランドのオーケストラとも何度か弾きました。そうですね、コンクールはどうしても自分との闘いという側面が多いですが、今回は曲からのポジティブさを皆さんと共有したいところです。
川瀬:どちらもオーケストラで演奏するのは珍しい曲ですよね。ヴィエニャフスキ『華麗なる〜』は僕も初めて指揮しますし、バッハはコンチェルトを演奏すること自体少ないです。でもバッハやヴィヴァルディなどのバロック、いわゆる古典作品をオーケストラでやるのは、すごく楽しいんです。比較的コンパクトで、人数もすごく少ない編成で。いつもはどうしても指揮者やソリストのアイディアを、オーケストラが咀嚼して演奏するみたいな感じになるのですが、小さい編成だと、奏者それぞれが意見を言い合いながら、普段の大きなオーケストラではなかなかできないようなリハーサルになります。
岡本:大きな室内楽みたいなものですよね。
川瀬:全員の顔が見えて、一緒に作り上げていく、いつもとはまた違う面白さがありますね。
――おふたりは初共演ですが、初めての時というのはどういうふうに探り合っていく感じですか?
岡本:僕はちょっと緊張しています。
川瀬:本当ですか?
岡本:いい緊張感です。
川瀬:岡本さんのお名前は存じ上げていましたし、昨年コロナ禍での緊急事態宣言中に、たまたまwebで動画を、モーツァルトを弾いていらっしゃるのを見たんです。本当に偶然に。そのモーツァルトが、スマホで聴いても、すごく素敵だったので印象に残っていて。そして今回共演のお話をいただいたので、巡り合わせというか。どういうバッハになるのかなと、楽しみです。
岡本:ありがとうございます。新しい出会い、初めて共演させていただく方とは、自分に今までまったくなかったようなアイディアの交換もできるかもしれないですし、一緒になってひとつの音楽を作るというのは会話をしているようなもので、その瞬間、その場でしか生まれえないものがあると思うので、楽しみです。
――では引き続き、マエストロにお話を伺っていきます。前回「とっておきアフタヌーン」にご登場いただいたのは3年前、2018年シーズンでした。日本フィルとは、デビューされる前からの長いお付き合いというお話でしたが、あれからさらに共演を重ねられていると思いますが。
川瀬:そうですね。学生の頃の師匠が広上淳一先生で、よく日本フィルのリハーサルを見学させてもらったり、楽団員の方々に飲みに連れて行ってもらったりして。そしてコンクールの本選では日本フィルの演奏で最高位を獲得でき、それがデビューのきっかけとなったので、もう僕の指揮者人生プラスαのお付き合いです。だから(自分がポストを持っているオーケストラ以外の)他のオーケストラとはちょっと違う感覚です。懐かしいところに帰ってきたみたいな、妙にメランコリックな気持ちになりますね。俺も歳とったなあとか(笑)。家族的な温かさがあるオーケストラです。大好きなオーケストラと一緒に音楽を作れるというのは、嬉しいですよね。
――マエストロは現在、神奈川フィル常任指揮者、名古屋フィル正指揮者、オーケストラ・アンサンブル金沢常任客演指揮者など、様々なオーケストラと幅広い音楽活動をされています。クラシック音楽をより広く多くの人に伝えるための発信という意味で、この「とっておきアフタヌーン」のようなコンサートシリーズをどのようにお感じですか?
川瀬:現代社会って忙しいじゃないですか、すごく。音楽を聴く余裕だったり絵を見る余裕だったり、ランチをゆっくり時間かけて味わいながら食べる余裕さえ、難しいと思うんですよね。でもあえて時間の余裕、心の余裕をつくると、けっこう、仕事などにもとてもいいプラスの影響を及ぼすと僕は思うんです。だから、「そんな時間ない!」と思っていらっしゃる方こそ、ぜひ勇気を持ってコンサートに来ていただくと、日々の癒しになるかもしれないし、それで新しいアイディアが湧くかもしれない。しかもこのサントリーホールという場所で聴けるという体験は、特別ですから。この1年、コンサートに行きたくても行けない、我々も演奏したくてもできないという時期が長くあったわけですしね。そういう意味でも、ぜひ多くの方にご来場いただけたらなと思います。
――そしてこのシリーズは、オンラインでのライブ配信(有料、見逃し配信あり)も行います。最近は、クラシック音楽のコンサートもだいぶオンラインで聴けるようになってきましたが、演奏者側としては、いかがですか?
川瀬:アプローチの仕方に多様性がでてきましたよね。例えば日本フィルのコンサートを聴きたいと思っても、今までは、北海道にお住まいの方はなかなかその機会がなかった。九州は毎年ツアーしているから、わりと親しみがあるオーケストラかもしれませんけれど。コンサート会場まではなかなか行けないという方々に、オンラインでもいいから日本フィルが聴ける!って喜んでもらえたらいいなと思います。オンラインで聴いて、じゃあ次は生で聴いてみたいと繋がっていったらいいなあと。
岡本:可能性がひとつ増えたという感じがしますよね。僕もドイツにいながらにして日本でやっているコンサートをリアルタイムで聴けるようになったのは、とても嬉しいです。これまではほぼ出来なかったですから。もちろん、時と場所を選んでこその生のライブの体験というのが、音楽を楽しむ最大の魅力だとは思いますが、場所が違ってもタイミングが違っても生のライブで何かが起こっているということを、画面越しでも共有できるというのは、それ自体が心にしっかり届くものだと思います。
――では最後の質問はお決まりなのですが、マエストロにとっての「とっておき」を教えてください。音楽以外のとっておきの時間、とっておきの物……岡本さんは散歩と料理というお答えでした。マエストロの前回のお答えは、飼い猫のフィガロくんでしたね。
川瀬:僕も料理、好きなんですよ。おとといはラーメンをガラから作りましたよ。けっこう息抜きになりますよね。頭空っぽにしたい時とか。どうしても音楽家って常に音楽のことを考えちゃうし、頭のどこかで音が鳴っている。でも料理って目の前のことに没頭しますから、リラックスできますよね。
とっておきは、ネコちゃんというのは変わりなく、それから家族も増えまして。結婚をして、子どもも生まれまして、家に帰ると無条件に家族がいて、家族と一緒に過ごせる時間があるというのは幸せなことで。昨年の6月、ちょうどコロナ禍まっ最中に息子が生まれたのですが、その時期はまだコンサートもできず僕もずっと家にいて、日に日にお腹が大きくなって生まれるまでずっと寄り添えたので、生命の神秘みたいなものをすごく感じることができました。女性に対するリスペクトが断然強くなりましたね。
そしてこの1年はどうしても(海外から来日できない指揮者の)代役も多く、もともとのコンサートの予定にプラスで突然入ってくるものが多かったので、準備の時間もままならず、家族との約束も急にダメになったりして。そういう意味では、家族の理解がないとこういう仕事のスタイルは続けていけないです。だから、理解のある家族はとっておきで何物にも変えがたいです。きのうも僕、書斎で勉強していたんですけれど、10分に一度は息子がやってきて、扉の隙間から「だ〜」っと言って去っていく。また10分したら「だ〜」っと。「だ〜!」「は〜い」の繰り返しで、嫌がらせか?と(笑)。子どもと料理は無敵ですね!