【連載コラム ①】 サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2021
小菅 優プロデュース
武満 徹「愛・希望・祈り」~戦争の歴史を振り返って~
没後25年を迎える武満徹の室内楽と、戦時中に書かれた作品を組み合わせて6月15日・17日にお届けする小菅優プロデュース公演。
ピアニスト・小菅優自身が、公演の企画意図や聴きどころを綴る連載をお届けします。(全6回を予定)
① 武満 徹との出会い、このプロジェクトについて
「私たちは、自分たちの感性を柔軟に、それを新鮮に保つように努めなければならない。
それを可能にするのは愛だ。」
武満 徹「時間の園丁」より
今、人類は新たな危機に直面し、変動の時代を歩んでいます。音楽家としての活動が難しくなり、医者や科学者のように人々を直接助けることができない音楽家は、無力に感じることさえありました。しかし、このように危機に至り、私たち人々のふれあいが少なくなってしまったとき、心にとって音楽がどれだけ尊いものか、ということにも気づかされ、改めて社会においての音楽の位置、そして文化の必要性について考えさせられています。
そんな中、今年没後25年を迎える武満徹(1930-1996)のたくさんの素晴らしい著書を読み返し、現代で生きる私たちに語り掛けてくるような貴重なメッセージがその中にたくさんあることに深く感動しました。
私が初めて武満の音楽に出会ったのは13歳のときで、ドイツのピアノの先生に、「この素晴らしい作品、弾いてみないか」と、「Rain Tree Sketch I (雨の樹素描I)」(1982)を紹介されました。その雨の一粒一粒を肌で感じるような神秘的な音楽、そして音と音との間の休息というものが音と一緒に「生きている」ことに、私は衝撃を受けました。「沈黙は音と同じくらい大切」という武満の言葉が心に響きます。
武満の音楽を聴いていると、固定観念や規則のような枠を忘れ、音楽だけに耳を傾けられるところに心が動かされます。ふわっと自分にヴェールがかぶさるような匂いを感じたり、弾いていると一刻一刻に重みがあり、永遠と続く深淵な宇宙が見えてくるような世界がそこにはあります。そして彼の残した言葉は、音楽と同様、常に攻撃的になることなく、自然で美しく謙虚で、その探求心に溢れる人生観に感動します。
武満徹は、少年時代を戦時中に過ごしました。音楽にまで「敵」、「味方」をつけてしまっていた時代で、戦時中に強いられるものと奮闘していた中、そのような柵(しがらみ)のない音楽との出会いがありました。中学生のとき陸軍基地で働いていた武満は、見習士官がある日持ってきた蓄音機で初めてある歌を聴きました。「パルレ・モワ・ダムール」というフランスのシャンソンで、軍歌とはまったく違う、こんな素晴らしい音楽が世の中にあったんだ、という大きな感動が、後に作曲家となるきっかけになります。
戦争を経験していない私の世代は、今だからこそ歴史を振り返り、過去の人々の言葉から考え直し、見習うことが重要に感じます。世界は神秘的で美しいものに溢れていること、そして自然とある音が「音楽」という形で語りかけてくる素晴らしさに耳をかたむければ、争いのようなくだらないことに身をゆだねる必要がないと気づかせられます。
今回のプロジェクトで、武満の音楽を中心に、世界中の巨匠が世界大戦中の苦悩と葛藤の中芸術家達の友情の絆によって残した素晴らしい作品とともに、究極の室内楽を追求したいと思います。その貴重な作品の数々の背景やストーリーを少しでもお伝えできたらと思い、今日からここで連載させていただきます。
現代の私たちが、彼らの残した音楽と向き合うことによって友情を深め、皆様にその素晴らしさを伝えられたら、この上なく幸せです。
(連載2回目につづく)
「私は、音楽を通して知り得た友人や仲間、そしてその間に育ちつつある友情を深め、
それを高めたいと思う。音楽は、そのためには、なんと素晴らしい方法だろう。」
武満 徹「時間の園丁」より
【公演詳細・チケット購入・関連リンク】
- 6月15日(火)19:00開演 小菅 優プロデュース 武満 徹「愛・希望・祈り」~戦争の歴史を振り返って~ I
- 6月17日(木)19:00開演 小菅 優プロデュース 武満 徹「愛・希望・祈り」~戦争の歴史を振り返って~ II
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