アーティスト・インタビュー

チェンバーミュージック・ガーデン
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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG) フォルテピアノ・カレイドスコープ

佐藤俊介インタビューと「オール・ブラームス・プログラム」の聴きどころ

林田直樹(音楽ジャーナリスト、評論家)

佐藤俊介(ヴァイオリン)

新型コロナウイルス感染症に係る入国制限措置につき、佐藤俊介、スーアン・チャイが来日できず、公演中止となります。公演を心待ちにしていただいていたお客様に深くお詫び申し上げます。

バロック音楽から現代作品に至るまで、幅広いレパートリーを持つ卓越した名手であり、二つの古楽系オーケストラでコンマスや音楽監督をつとめる佐藤俊介さんは、真に第一線で活躍する国際的ヴァイオリニストの一人であり、今後のクラシック界全体のリーダーともいうべき存在である。
その佐藤さんが、ロマン派の室内楽に近年情熱を燃やしている。チェンバーミュージック・ガーデンの「フォルテピアノ・カレイドスコープ」では、チェロの鈴木秀美さん、フォルテピアノのスーアン・チャイさんとともに、全く新しいブラームス像を披露する。曲目はヴァイオリン・ソナタ第2番、チェロ・ソナタ第2番、ピアノ三重奏曲第2番。いずれも充実期の傑作揃いで、ブラームス好きにとって垂涎のプログラムである。
以下、オランダ在住の佐藤さんに近況と今回の聴きどころについて話をうかがった。

佐藤俊介(ヴァイオリン)

今回は、オール・ブラームスですね。いつもはオランダにいらっしゃる佐藤さんの演奏活動はバロックが大半だと思いますが、最近のレパートリーは?

オランダ・バッハ協会(音楽監督・コンサートマスター)の仕事がメインで、バロック時代のものがほとんどですが、徐々に、19世紀のレパートリーを歴史的楽器で弾く仕事も増えています。いまコンチェルト・ケルンでもコンサートマスターをやっているんですが、そこではワーグナーを中心においた、長い目でみて5年くらい続いていくプロジェクトがありまして、コンマスとしてだけではなく、各ヴァイオリニストやヴィオリストらにコーチングして、演奏法のアドバイスをする立場にもいます。これからそういう時代のものは割合的に増やしたいですね。

今回は、バロックを日頃やっているからこその、新しいブラームスが聴けそうですね。

ガット弦を使うということ、そこはバロックの延長と言ってもいいと思います。ガット弦は19世紀も、20世紀の前半までも使われていたものなので。弓が多少変わるだけで、あとは割とそのままですので、つなげやすいと思います。譜面を見てどう対応するかという面でも、バロックに割と近いところにあると思います。
近代になるまでは、演奏者が自分の味を曲に加えて、自分のものにしてしまう「解釈」が期待され、たとえばみんながクレッシェンドするところをディミヌエンドするとか、音を変えてしまうとか、ここはもっと華やかにしたいとか、あるいは本当にカデンツァを付けてしまうとか…譜面をレシピのように、自分は辛いのが好きだからもっと唐辛子を加えるというくらいに、自分のものにしてしまうというのが普通だったわけです。
実際に結果としては違うかもしれないですけど、スタートするポイントは同じだと思います。一番難しいのは、当時に美しいとされていたもの、普通と思われていたものが、21世紀の私たちにとって、違うわけですよね。そこのギャップをどうするか。
そこは、バロックを演奏するときも、ブラームスを演奏するときも、変わらない問題です。たとえばスラーというのはバロックの時代の約束、決まりというのは、二つ音がスラーでつながっているときは二つ目の音をちょっと弱くして切るという決まりがあるんですけど、この決まりというのは19世紀の後半までずっと残ったままなんです。バロックの言語を知っていますと、そこのルールがつながったりするときはあるんです。知っていると損にはならないですね。

©Simon van Boxtel
オランダ・バッハ協会
1921年に創設された世界最高峰の古楽演奏団体。2018年6月に佐藤俊介が6代目の音楽監督に就任した。2021/22年シーズンに創設100周年を迎える。J. S. バッハの全作品の演奏・収録を行う「All of Bach」プロジェクトが進行中。(下記動画をご覧ください)
コンチェルト・ケルンでのリハーサル

今回はサントリーホール所蔵の1867年製エラールを使いますが、一緒にやる弦楽器には相当大きな影響があると思います。佐藤さんの音楽はどう変わっていくのでしょうか。

古い楽器を普段から弾いていますと、フォルテピアノでなくともチェンバロでもファゴットでもトラヴェソでも、それぞれが、まるで新しい人と出会うような感じなんですよね。髪の毛の感じが違う。顔が違う。声が違う、すべてが違う。というものがむしろ期待されるものなんです。
同じチェンバロが2台ないのと同じように、同じエラールは二つとない。初めて楽器に会って、よろしくお願いしますと握手し、リハーサルを重ねて、慣れて、対話するような、感じになるわけですよね。それが楽しみです。

サントリーホール所蔵のエラール(1867年製)

ブラームスの室内楽でこのセレクションになった理由は?

録音の企画がありまして、ヴァイオリン・ソナタとチェロ・ソナタの全曲、ピアノ三重奏曲の全曲を、ラ・フォル・ジュルネがきっかけでご一緒するようになった鈴木秀美さんと、私の妻であり音楽面でも良きパートナーのスーアン・チャイと、機会を探して弾いていきたいと思っていました。そういうプロジェクトが裏付けにあって、こういう曲目になりました。特に、トリオでは1番と3番はすでに演奏していますが、2番はぜひ本番でやりたいと思っていました。

鈴木秀美(チェロ)&スーアン・チャイ(フォルテピアノ)

ロマン派の室内楽にもいろいろありますが、なぜ、いまブラームスを?

個人的な面からいいますと、ブラームスは割と嫌っていた作曲家だったんです。周りで弾かれていたブラームスも、地味で複雑な割にはつまらなくて、全く理解できなかった。でも、バロックに行って、ヒストリカル・パフォーマンスのことも知り、ブラームスの弟子や、ヨアヒムのような友人の文献を読んだり、情報を得たり、改めて歴史的録音も聴いてみて、最初に受けていた印象とは全然違う音楽だったのかという確信を積み上げていけるようになった。10年前と違って、今の自分では大好きでたまらないくらいです。どんどん弾いていきたいし、みなさんに聴いていただけるのを楽しみにしています。

ブラームスは交響曲が室内楽のように親密に書かれていると感じることもありますし、室内楽の中にはそのまま交響曲になるんじゃないかと思うくらいの大きさを持つ作品もあります。室内楽はブラームスの本質に関わるジャンルではないかと思っているのですが、佐藤さんにとってのブラームスらしさ、新しいブラームスはどういうイメージですか?

自分の中でいろんな矛盾があった人だと思うんですね。古典派の時代を意識していたのと同時に、すごくロマンティックな本性がぶつかり、というのはあったでしょうし、人間的にも温かみもありながらも、感情をむき出しにすることに抵抗があったというか、とても複雑な人間だったと思います。いろんな層がある。ハンガリー舞曲のように、酒場で聴くみたいな音楽も書いているし、天から降ってきたような、この世ではないような音楽も書く。極端なものがぶつかる人ですね。そんな複雑なブラームスのどこなのかというのを、曲の中から読み取るのがブラームスの楽しみかもしれません。おっしゃったように、トリオのようにたった三つの楽器でも、交響曲のように聴こえてしまうこともありますし、逆に交響曲が室内楽に聴こえるような、不思議な作曲家だと思います。

今回は、佐藤さんにとって初めてのチェンバーミュージック・ガーデンへの参加ということになりますね。

ブルーローズ(小ホール)は15歳か16歳に、デビューツアーの会場の一つがここで、初めての日本ツアーから知っているホールでした(2000年6月、サントリーホール・ニューアーティスト・シリーズ)。とても個人的に縁があって、なつかしい出発点のひとつと言えるような場所です。
今回は、いままで聴いたこともないようなブラームスが聴けると思います。楽器も違いますし、ひょっとしたら、違和感があるかもしれないですし、不思議かもしれないですし、いつものブラームスでないことは確かです。私たちのアプローチをフレッシュなものと感じていただければ嬉しいですね。

コロナ禍のなかで、オランダで佐藤さんはどんなことを感じ、考えながら過ごしておられたのでしょうか。

一言では言い切れないですね。昨年春にコロナが始まって、3月4月とコンサートが全部無くなったときには、対照的な考えや感情が自分の中に走っていました。いままで狂ったような忙しいスケジュールだったので、急に暇というか、練習しなくともスコアを見なくともいい期間ができたのでほっとした部分もあったのと、それと並行して、まるで一気に魂が抜けたみたいに、音楽家ってこの世の中で意味のある職業なんだろうかと、一日の中で両方の考えが回るような期間がありました。今でもそうですけど。
音のない沈黙の日々の後の小規模なコンサートで感じたのは、生の音のショックもさることながら、音楽がないといても立ってもいられない人がこの世の中にいるんだということです。最初の一音だけで涙ぐんでしまうような人が実際にいた。そういうのを経験して、このために音楽があるんだと、だから音楽家なんだと、新たに…新たどころか初めて知ったように思いますね。
もう一つはポジティヴな面で、いろんな制限のある中で、コンサートの形式を根本的に考え直さなければいけない状況に置かれたことで、そこでいろんなクリエイティヴィティが出てきた。いままでは考えられなかったコンサート形式が許されるようになった。とりわけ即興的な要素が、このコロナが終わってもコンサートに残ってほしいですね。

©Marco Borggreve

最後に、CMGに来て下さるお客さまへのメッセージを。

この6月の時点で、日本のコンサートホールで演奏できなくなって1年半になります。ですから、本当にもう、私としても、待ちに待った甲斐のある演奏になると思います。それも、このような新しいブラームスを、企画として普段ないようなものを皆さんに提供できることは、二重三重の喜びです。いらしていただけるお客さまには、いまから感謝を述べたいと思っています。

  • オランダ・バッハ協会 All of BACH より ヴァイオリン協奏曲ニ短調 BWV1052R

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