アーティスト・インタビュー

チェンバーミュージック・ガーデン
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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)

ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)に聞く ハイドン・ツィクルス

弦楽四重奏:キュッヒル・クァルテット
 左からヴァイオリン:ライナー・キュッヒル
  (奥)チェロ:シュテファン・ガルトマイヤー
  (前)ヴァイオリン:ダニエル・フロシャウアー
    ヴィオラ:ハインリヒ・コル

新型コロナウイルス感染症に係る入国制限措置につき、キュッヒル・クァルテットは6月22日(火)にコンサートを行うことが不可能となり、6月25日(金)19:00開演に延期させていただきます。お手元のチケットで新日程の公演にご入場いただけます。チケット代の払い戻しは、5月14日(金)~7月31日(土)までお買い求めのプレイガイドにて承ります。
※6月25日(金)公演の一般発売:2021年5月25日(火)


長年ウィーン・フィルのコンサートマスターとして活動し、今もなお多方面で活躍をみせるライナー・キュッヒルを中心とする弦楽四重奏団、キュッヒル・クァルテットは、これまでCMGに3度出演し、ベートーヴェン弦楽四重奏全曲演奏(2014)、シューベルト(2016)、ブラームス(2018)の室内楽をまとめて取り上げました。2021年は新メンバーと共に「弦楽四重奏の父」ハイドン作品から9曲を厳選し、3夜に渡り開催します。ウィーン留学時代からキュッヒル氏の室内楽を聴き、「キュッヒル教授」と敬意を込める音楽評論家の奥田佳道さんが聴きどころを伺いました。

弦楽四重奏:キュッヒル・クァルテット
 左からヴァイオリン:ライナー・キュッヒル
  (奥)チェロ:シュテファン・ガルトマイヤー
  (前)ヴァイオリン:ダニエル・フロシャウアー
    ヴィオラ:ハインリヒ・コル

キュッヒル教授に聞く ハイドン・ツィクルス

奥田佳道(音楽評論家)


クァルテット芸術の泰斗、ライナー・キュッヒル教授と仲間たちが想いも新たにハイドンの弦楽四重奏曲を弾く。キュッヒル・クァルテットのハイドン・ツィクルスは、10周年を寿ぐCMGこと「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン」の会期終盤の華だ。
ライナー・キュッヒル教授は、ウィーン国立音楽演劇大学のフランツ・サモヒル教授のもとで学んでいた10代の頃から、ソロばかりでなく、室内楽に夢中だった。以前、筆者とのインタビューでこう語っていた。
「フランツ・サモヒル教授の推薦で協奏曲を弾き、オーケストラのゲストコンサートマスターも務めましたが、学生時代の私は、ウィーン楽友協会の小ホールであるブラームスザール、コンツェルトハウスのモーツァルトザール(中ホール)、シューベルトザール(小ホール)の常連でした。ウィーン国立歌劇場には時々。ウィーン楽友協会の大ホールにも時々。なかなかオペラや交響曲のお話にならなくてゴメンナサイ(笑)。ええ、クァルテットや室内楽が何よりも好きだったのです」。
2021年初頭のメール・インタヴューにも、音楽好き、クァルテット・ファンを大いに喜ばせる言葉があった。
「個人的には、依然として弦楽四重奏が室内楽の理想的な形だと思っています」。

©Winnie Küchl
ライナー・キュッヒル(ヴァイオリン)
オーストリア出身。20歳でウィーン国立歌劇場管弦楽団とウィーン・フィルのコンサートマスターに就任し、2016年8月まで同団を45年にわたり率いた。ソロ、室内楽、オーケストラなど世界中で演奏活動を行うほか、ウィーン国立音楽大学などで後進の指導も積極的に行う。オーストリア共和国大名誉勲章、日本政府から旭日中綬章などを受章している。17年4月NHK交響楽団ゲスト・コンサートマスターに就任。
ウィーン楽友協会 ブラームスザール(小ホール)

ちなみにキュッヒル教授は1971年、ウィーン国立歌劇場管弦楽団ならびにウィーン・フィルハーモニー管弦楽団のコンサートマスターに就任。2016年8月末までオペラ、シンフォニーに尽くしている。
「コンサートマスターとして初めてウィーン国立歌劇場でオペラを弾くよりも前に、私はハイドンのすべての弦楽四重奏曲を知っていました。室内楽の文脈を思い浮かべた時に、ハイドンの弦楽四重奏曲は毎日食べるパンのような存在です」。
日本では長らくウィーン・ムジークフェライン弦楽四重奏団と呼ばれたキュッヒル・クァルテットは、1973年にウィーン・フィルの仲間とともに結成され、伝統と格式を誇るウィーン楽友協会ブラームスザールのQUARTETT-ZYKLUS(クァルテット・ツィクルス)を担う。1シーズンに5公演。私事ながら、ウィーン留学時代、同ツィクルスの定期会員だった。

2015年:CMGの提唱者でサントリーホール館長の堤 剛(チェロ)と共演(ブラームスザールにて)

声高に申すまでもなく、キュッヒル・クァルテットは「サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン」の主賓でもある。2014年にベートーヴェン・サイクル、2016年にシューベルト、2018年にブラームスを奏で、楽都に息づく弦楽四重奏の伝統はもちろんのこと、進取の気性を失わないヴェテランたちの熱き演奏が毎回話題となった。
3年ぶりのCMG登場となる2021年6月、キュッヒル・クァルテットは満を持してハイドン・ツィクルスに腕を揮うのだが、その前にチェロの新メンバーをご紹介しよう。
シュテファン・ガルトマイヤー。1974年ウィーン生まれ。ウィーン国立音楽演劇大学で学び、国際コンクール受賞歴も豊富。RSOウィーン放送交響楽団、ヘッセン放送協会のhr交響楽団(旧称フランクフルト放送響)、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団で弾いた後、2007年にウィーン国立歌劇場管弦楽団に入団。2010年からウィーン・フィルのメンバーとなった練達のチェリストである。
70歳台を迎えたキュッヒル、今年70歳になるヴィオラの慈父ハインリヒ・コル、50歳台半ばのダニエル・フロシャウアー(ウィーン・フィルの現楽団長)に、40歳台後半のシュテファン・ガルトマイヤーが加わるのだ。半世紀近い演奏歴を誇るキュッヒル・クァルテットに、新たな風が吹く。
前述のようにウィーン・フィルのコンサートマスターとして弾く以前からクァルテットに魅了され、その道に邁進していたというキュッヒル教授。実は近年のキュッヒル・クァルテットはブラームスザールでの定期公演でハイドンを1曲目に弾くことが多かったのだが、6月は3夜9曲のツィクルスである。約70曲を数える弦楽四重奏曲から、どんな視点で9曲を選んだのか。これは尋ねたい。その前にハイドンを存分に語ってもらった。

2014年:CMG ベートーヴェン・サイクル
チェロ:シュテファン・ガルトマイヤー

「弦楽四重奏の歴史で極めて重要な作曲家であることは、お話するまでもありません。後の時代の弦楽四重奏曲の世界に向けて、彼がすべての基礎を創ったのです。交響曲にも同じことが言えます。基礎ばかりでなく、偉大な創意工夫を忘れてはいけません。ハイドンは常に実験的な姿勢で、新しいアイディアを音楽にしました。その意味では、コンサートの1曲目だけに演奏される音楽ではありません。私たちはしばしば、公演のアンコール曲としてハイドンのひとつの楽章を演奏してきました。よく知られているとは言えない楽章を含めてです。とても広大な世界です。音楽的な内容、楽譜がもたらす効果にいつだって驚きます。それゆえに難しい」。

ハイドンは難しいという言葉を聞いたので、ここでキュッヒル教授に、ハイドンの弦楽四重奏曲を次の世代に教える際の「難しさ」を聞く。
「若手の演奏家の技術的な水準は高いです。彼らの演奏では、メカニカルな精度というものが前面に押し出されます。しかしハイドンの弦楽四重奏曲は、それよりも遥かに多くのことを要求します。優れたハイドン演奏のために必要なことですか? たとえば、即興的に反応する技。ユーモア。それに音楽の様式や繊細な音色に対する感覚です。弦楽四重奏曲を演奏する上でのすべてが必要です」。
「広大なハイドンの弦楽四重奏曲の世界から3夜のコンサートのために9曲を選びました。もちろんハイドンの創造活動のすべてを網羅することはできませんが、熟慮の末、決めました。私たちは3夜のコンサートに対して、特にタイトルは付けていません。アンコールとして、選ばなかった曲の一つの楽章を演奏する可能性は、さてどうでしょう。あるかも知れません」。

2018年:CMG 室内楽アカデミー修了生を含む若い音楽家と共演

サントリーホールで日頃、オーケストラや多彩なアンサンブルを楽しんでいるお客様にも、キュッヒル教授は「お誘い」の言葉をかける。
「ハイドンの壮大で機知に富んだ交響曲と弦楽四重奏曲は、その豊富で音楽的なアイディアという観点から結びつけることが出来ます。特定の関係があると申し上げましょう。私たちは、ハイドンが弦楽四重奏というジャンルで、信じられないほど美しい音楽を醸成したことを認識する必要があります」。
CMGとも深い絆で結ばれている。
「この一連の室内楽コンサートが、若手演奏家のために定期的に行われていることを喜びたいと思います。経験豊富な演奏家が、彼らと一緒に演奏する場面もあります。得るものがたくさんありますね。ブルーローズの明晰な音響にも感謝しています。CMGのお客さまは室内楽のためにすべてを捧げる方々ですので、CMGは間違いなくこれからも続くことでしょう。再会を楽しみにしています」。
3夜に渡るキュッヒル・クァルテットのハイドン・ツィクルス。ウィーン古典派の弦楽四重奏芸術の精髄に抱かれたいものである。

2018年:CMGフィナーレ CMGアンサンブルと共に協奏曲を演奏

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