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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン

CMG 2021への期待、プログラムの聴きどころ

林田直樹(音楽ジャーナリスト、評論家)

新型コロナウイルス感染症に係る入国制限措置につき、「チェンバーミュージック・ガーデン 2021」一部公演の中止、出演者の変更等がございます。お客様には大変ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。 *中止公演・出演者変更等の一覧はこちら

今ほどアンサンブルが重要な時代はない。
アンサンブルの本質とはコミュニケーションであり、異なるものに耳を傾け、協調しながら、真実と美を追求していく行為である。
その基礎であり、究極ともなりうる音楽のかたちこそ、室内楽である。
昨年6月、あらゆる芸術と文化が苦境に陥っていたさなか、チェンバーミュージック・ガーデン(CMG)が無観客のCMGオンラインという限定的な形ながら開催されたことは、どれほど勇気と安らぎを与えてくれたことか、今も記憶に鮮烈である。
室内楽は、今後もさらにクラシック音楽が人々の精神生活のインフラとして社会の中で強くあり続けるための鍵である。少人数であるからこその柔軟性、よく見える音楽の構造と奏者たちの個性、聴衆と音楽との親密さ、パブリックであるよりはパーソナルであること――。

2021年に35周年を迎えたサントリーホールは、1986年10月のオープン以来、東京のみならず世界のクラシック音楽界の中心地のひとつであり、国際的なリーダーであり続けている。10周年となるCMGは、いまやサントリーホールの年間主催公演のなかでも、飛びきり重要なもののひとつである。フェスティバルではなくガーデン(庭)という命名に象徴されるように、色とりどりの花々が咲き乱れるのを愛でるだけでなく、その土を耕すための場所でありたいという強い思いが、そこには込められている。
また、メイン会場のブルーローズ(小ホール)は、ヨーロッパ的なサロンを思わせる落ち着いた空間であり、室内楽にふさわしい豊かで親密な響きのみならず、演奏者と聴衆の心の距離が近くなるという点においても、都心でも唯一無二の場所である。

今年のCMGは例年よりも1週間長く、22日間にわたって開催される。規模の大きさのみならず、内容の充実ぶりが素晴らしい。以下、聴きどころをご紹介していこう。

サントリーホール ブルーローズ(小ホール)

いまクラシック音楽界を席巻している潮流として、フォルテピアノの存在感を大きくクローズアップした新企画「フォルテピアノ・カレイドスコープ」の登場はうれしい限りだ。
現代のピアノのような完成度の高い工業製品と違って、一台一台が手工芸品のような独自の魅力を持ち、作曲家が生きていた時代の響きを体験できるのがフォルテピアノの特徴である。今回は、サントリーホールが所蔵する自慢の名器、1867年製エラールのみならず、1835年製シュヴァルトリンク、1795年製ホフマン、1818年製シュトライヒャーが登場する。
バロック音楽のみならずロマン派の室内楽に近年強い意欲を示しているオランダ在住のヴァイオリニスト佐藤俊介(キャリアの最初にブルーローズでサントリーホール主催:ニューアーティストシリーズのリサイタルを行い、今回のコンサートを大いに楽しみにしているとのこと)とチェリスト鈴木秀美、フォルテピアノ奏者スーアン・チャイによるブラームス。デンハーグピアノ五重奏団で実績あるフォルテピアノ奏者小川加恵が、ペトレンコ指揮ベルリン・フィルとの共演でも注目されるバス・バリトン歌手のクレシミル・ストラジャナッツと東京交響楽団コンマスの水谷晃を招いてのシューベルトらの歌曲プロ(室内楽フェスティバルのラインナップに「歌」が入ることは自然かつ重要)。昨年バッハのチェンバロ協奏曲全集録音で大きな話題となった渡邊順生とチェリスト酒井淳によるベートーヴェン。ショパン国際ピリオド楽器コンクール2位入賞を機に活躍を広げる川口成彦がヴァイオリニスト原田陽、チェリスト新倉瞳と組んでのフランスプロ。19世紀のさまざまな響きへの旅が楽しめるはずだ。

サントリーホールのエラール(1867年製)
上:左から佐藤俊介、鈴木秀美、スーアン・チャイ
下:左から小川加恵、渡邊順生、川口成彦

もうひとつの新企画「小菅優プロデュース 武満徹『愛・希望・祈り』」は、没後25年を迎える武満徹の室内楽に、二つの世界大戦に関連する作品(メシアン、ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィチなど)を組み合わせるというものだ。戦争によって苦しんだ作曲家たちの楽曲と、武満の自然で謙虚で深いゆったりとした音楽を対置するというコンセプトの、何と素晴らしい着想だろう。いま、新たな対立や分断によって世界が混迷しているときに、こうしたメッセージを発信することが、どれほど重要であることか!

小菅 優

ほぼ毎年、CMGの核となってきた「ベートーヴェン・サイクル」では、大作曲家の弦楽四重奏曲全16曲を、いよいよエルサレム弦楽四重奏団が演奏する。ヨーロッパ有数のレコード会社、フランスのハルモニア・ムンディの看板アーティストの一角ともなっている彼らは、活動25周年を迎えて円熟の境地にある。その特徴は、緊密でしなやかな一体感だ。4人がまるで一人に融合したかのようなアンサンブルによる演奏は、ベートーヴェンの音楽の中の多様な表情を、生き生きと伝えてくれることだろう。

エルサレム弦楽四重奏団  ©Felix Broede

3年ぶりに登場するキュッヒル・クァルテットがついに「ハイドン・ツィクルス」に取り組むことにも、興奮を覚えずにはいられない。ウィーンの音楽家にとって、どれほどハイドンが試金石ともいえる重要な作曲家であるか、そして弦楽四重奏というジャンルの確立者であるハイドンの作品が、どれほど聡明で人間的な魅力にあふれているか――強調してもし過ぎることはない。ハイドンの深さを知って初めて、室内楽の鑑賞者としても私たちは大きく成長できるのだ。これは千載一遇のチャンスである。

キュッヒル・クァルテット ©Winnie Küchl, Wolf-Dieter Grabner

ザルツブルク生まれの三兄弟、ヘーデンボルク・トリオによる「ベートーヴェン&ブラームス」は、ウィーンの現役世代の第一線ならではの名演が期待できる。なかでもキルヒナー編曲によるブラームスの弦楽六重奏曲第1番のピアノ三重奏版は、旋律がくっきりと浮き上がる美しさに原曲にはない独自の魅力があり、ブラームス好きはぜひチェックしておきたい。

ヘーデンボルク・トリオ

ブラームスといえば、オープニング「堤剛プロデュース」は、チェリスト堤剛とピアニスト小山実稚恵とのデュオで、チェロ・ソナタ2曲にクレンゲル編曲による「雨の歌」を加えたプログラムも注目される。二人のスケール大きな個性が拮抗しあう白熱の演奏となるに違いない。

国際的に活躍する若い世代をクローズアップする「キラめく俊英たち」では、韓国のノブース・クァルテット(エルサレム弦楽四重奏団とのメンデルスゾーン「八重奏曲」は盛り上がるはず)、ヨーロッパの若手の代表格シューマン・クァルテット(モーツァルトとブラームスの間に最も多忙で注目を集める作曲家ヴィトマンが入る)、そしてドイツを本拠に活躍する日本の室内楽界の新しいスター、葵トリオ(ドヴォルジャークの3番をメインというのは相当なこだわりだ)が登場して、それぞれ本格派のプログラムを披露する。
なお、葵トリオは今後7年間にわたってCMGでさまざまなプロジェクトをおこなう。これだけ長期にわたる関係を持続するというのは、いかに彼らが期待されているかの証明といえる。

平日の昼1時からの60分コンサート「プレシャス1pm」は、和やかなトーク、演奏時間の短さゆえ、ランチタイムに合わせて気軽に友人を誘えそうだ。シューマン・クァルテットによるシューベルト「四重奏断章」、ヴァイオリニスト渡辺玲子やチェリスト佐藤晴真らによるシューマン&ブラームス、工藤重典らによるモーツァルトのフルート四重奏曲全曲、フルートのセバスチャン・ジャコーやハープの吉野直子らによるフランセの甘美な五重奏曲。室内楽入門としてこれ以上ないくらいの贅沢な内容が光る。

堤 剛、小山実稚恵
上:ノブース・クァルテット 下:シューマン・クァルテット、葵トリオ

室内楽アカデミー・フェロー(受講生)が日頃の成果を発表するコンサートが2回予定されているが、これも実は隠れた聴きものである。昨年CMGオンラインでも彼らの演奏を聴いたが、一癖も二癖もありそうな、強烈な個性をもった逸材ばかりなのだ。

CMGのアーティストたちが総集合するフィナーレは、毎年のことながら、次々と豪華な出演者が登場して、入れ代わり立ち代わり、自信の楽曲を少しずつ披露していく名物コンサートである。その移り変わり、プログラムの多様性に圧倒される。そして幸福感いっぱいな気持ちにさせてくれる。曲目の全容は当日のお楽しみとのことだが、3週間にわたる拡大版CMGの締めくくりにふさわしいサプライズを期待しよう。

「フィナーレ 2018」より

なお、昨年と同様、CMGオンライン(有料ライブ&見逃し配信)が7公演予定されている。たとえホールを訪れることができなくとも、好きな時間と場所で、臨場感豊かに室内楽を楽しむことができるのはうれしい。
室内楽は、ただ聴くだけでなく、近くで演奏者の表情やアンサンブルの交流ぶりをよく見ることによって、さらに音楽を深く味わうことのできる、意外にもスペクタクル性のあるジャンルでもある。昨年のCMGオンラインは音質・画質も良好で、そうした意味で十分に楽しめるものだった。今年もぜひ活用したい。

「CMGオンライン 2020」より

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