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チェンバーミュージック・ガーデン
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サントリーホール チェンバーミュージック・ガーデン 2021

堤 剛館長が語る聴きどころ

堤 剛(チェロ/サントリーホール館長) ©鍋島徳恭

新型コロナウイルス感染症に係る入国制限措置につき、「チェンバーミュージック・ガーデン 2021」一部公演の中止、出演者の変更等がございます。お客様には大変ご迷惑をおかけしますが、何卒ご理解くださいますようお願い申し上げます。 *中止公演・出演者変更等の一覧はこちら

◆サントリーホール開館35周年、そして10周年となる「チェンバーミュージック・ガーデン 2021」
2021年、サントリーホールは開館35周年を迎えます。そして、この「チェンバーミュージック・ガーデン」も10周年ということになりますので、こうした時代ですが、出来る限り華々しく、意欲的なプログラムに取り組みたいと考えています。「チェンバーミュージック・ガーデン」は通常は2週間でしたが、2021年は3週間、と期間も長く取りました。
客席が可動するブルーローズ(小ホール)の個性を活かし、「チェンバーミュージック・ガーデン」の時には、舞台がお客様に囲まれるような形のセッティングにしています。それも大変好評を得ているようで、お客様と演奏家の距離が近く、そこで演奏するアーティストにとっても、とても一体感のあるステージとなっています。その中で、共に呼吸をするというか、自然に室内楽に親しんでいただくことで、聴衆も、またアーティストも共に育っていけるような雰囲気がうまく出来ていると思っています。
「ガーデン」という名前も、単なるフェスティバルではなく、色とりどりの花がそこで咲くようにという想いから付けたもので、本当に多彩な花が2021年も咲いてくれるだろうと期待しています。

堤 剛(チェロ/サントリーホール館長) ©鍋島徳恭

◆「堤 剛プロデュース」は小山実稚恵とのブラームス
2021年も堤 剛プロデュースの公演で「ガーデン」の幕開けをさせて頂きます。今回は小山実稚恵さんにピアノをお願いして、ブラームスのチェロ・ソナタを取り上げることにしました。そこに同じくブラームスの「ヴァイオリンのためのソナタ第1番 『雨の歌』」のチェロ編曲版を加え、オール・ブラームス・プログラムとしました。
私の先生である齋藤秀雄はドイツに留学して、当時の名チェリストであったユリウス・クレンゲルに師事しました。クレンゲルはライプツィヒ音楽院のチェロの教授であり、ライプツィヒ・ゲヴァントハウス管弦楽団の首席チェロ奏者でもあった人です。クレンゲルの門下からはフォイアマン、ピアティゴルスキー、プリースなど錚々たる名手が登場しましたが、そういう意味でクレンゲルは世界一のチェロの先生だったと言える存在です。
そのユリウスの弟がパウル・クレンゲルという方で、パウルのほうはヴァイオリン&ヴィオラ奏者、また作・編曲家として活躍しました。このチェロのための「雨の歌」はその弟クレンゲルによる編曲なのです。私たち日本人チェリストにとっても縁の深い方の作品とも言え、ブラームスの2曲の「チェロ・ソナタ」と共に取り上げることにしました。
ブラームスの音楽はとても重厚と言われますが、しっかりした低音部の上にハーモニーが築かれて行くので、そういう印象を持たれることが多いと思います。小山さんとは彩の国さいたま芸術劇場の音楽ホールでの室内楽から共演がスタートして、もうずいぶん長いこと共演を重ねています。今回の企画にもとても意欲的でいらして、これまでの積み重ねの上に、さらにふたりで新しい発見を加えて行くことが出来たら良いなと思っています。

チェロ:堤 剛、ピアノ:小山実稚恵 (CMG 2019より)

◆弦の国イスラエルから「ベートーヴェン・サイクル」はエルサレム弦楽四重奏団
毎年話題を集める「ベートーヴェン・サイクル」。2021年は1996年にプロ・デビューし、活動25周年を迎えるイスラエル出身のエルサレム弦楽四重奏団が登場します。世界で活躍している円熟したグループです。
イスラエルという国は、皆様ご存知のように、音楽をする人が人口比にして世界で最も高い国です。また、イスラエルを代表するオーケストラであるイスラエル・フィルハーモニー管弦楽団は1週間で5日間も定期演奏会を行うぐらい、クラシック音楽に関心の高い国です。そういう土壌からたくさんの音楽家が生まれて来ています。ユダヤ人は素晴らしい音感覚を持っていると思いますし、それはこれまで数多くのユダヤ人の名手たちの活躍でも証明されていると思いますが、そうした土壌の中から生まれた弦楽四重奏団ということで、演奏にとても期待しています。
なぜユダヤ人に優れた音楽家が多いのかと不思議に思いますが、それは歴史的に、家庭の中で音楽をすることが当たり前のことになっているからのようです。ユダヤ人の家庭では、男の子は6歳になると必ず楽器を始めると聞きます。もちろん、途中でやめてしまう子もいるでしょうが、音楽に対する関心がとても強いことが分かりますね。音楽をやる人が多ければ、当然、競争も生まれて来て、切磋琢磨しあう。そうした中で育った4人が室内楽、弦楽四重奏をやるということで、やはり独特の個性が生まれて来るのではないかと思います。
「ベートーヴェン・サイクル」はこのチェンバーミュージック・ガーデンの中でも、本当に熱心なファンの多い、注目の企画となりました。固定ファンも多くいるようです。また、ベートーヴェンの弦楽四重奏曲全曲を毎年取り上げることは、世界的にも珍しく、その点でも関心を集めています。

エルサレム弦楽四重奏団 ©Robert Torres

◆室内楽の伝統が息づくウィーン・フィルからの贈り物
〜キュッヒル・クァルテットのハイドン、ヘーデンボルク・トリオのベートーヴェン&ブラームス

2020年11月にウィーン・フィルハーモニー管弦楽団がマエストロ・ゲルギエフと日本ツアーを行ってくれました。お聴き頂いた方も多いと思いますが、彼らの演奏から改めて感じられたのは、オーケストラの演奏の土台は室内楽から作られているということでした。幼い頃から音楽に取り組んでいるだけでなく、室内楽をたくさん演奏することで、音楽に必要な呼吸を学び、それを演奏に活かしている。それが自然に演奏家の身体の中に浸透していて、そこでオーケストラの演奏に向き合うので、音楽の作り方が非常に自然になる。阿吽の呼吸のアンサンブルを作るだけでなく、オーケストラの中で積極的に自分の個性を出して行ける、それがウィーン・フィルの大きな魅力のひとつになっています。
私どもも「サントリーホール室内楽アカデミー」を主宰して、若い演奏家を育てておりますが、室内楽をメインに据えているのは、ウィーン・フィルのような存在を意識して、それを日本のなかに根付かせて行きたいという想いもあるからです。
そのウィーン・フィルから2つの団体に出演して頂きます。まずウィーン・フィルのコンサートマスターであったライナー・キュッヒルさんの率いる「キュッヒル・クァルテット」が<ハイドン・ツィクルス>を行います。すでに2014年に<ベートーヴェン・サイクル>に登場し、その後もシューベルト、ブラームスの室内楽を集中的に取り上げてきましたが、2021年は「弦楽四重奏の父」と言えるハイドンの作品を集中的に演奏して頂きます。選曲も非常に幅広く、初期の作品から最後の弦楽四重奏曲まで、キュッヒルさんらしいアイディアによって編まれたハイドン選集と言えます。団体としてはチェロのメンバーが交替されたので、その新しい編成による日本デビュー公演となります。
2020年のウィーン・フィル日本公演にも参加していたヘーデンボルク兄弟による「ヘーデンボルク・トリオ」にはベートーヴェンとブラームスの室内楽を組み合わせたプログラムを、2日にわたって演奏して頂きます。特にブラームスの「弦楽六重奏曲第1番」のピアノ・トリオ版(キルヒナー編曲)は、おそらく日本でもほとんど演奏されたことのない編曲版だと思いますので、ぜひお聴き逃しのないように。現在のウィーン・フィルを支えるメンバーによる演奏は、室内楽の重要性を考える上でも興味深いものになるでしょう。

キュッヒル・クァルテット ©Winnie Küchl, Wolf-Dieter Grabner
ヘーデンボルク・トリオ

◆優れた音楽性、企画力を持つピアニスト・小菅優さんを迎えた「小菅優プロデュース」
幅広い活躍をみせていらっしゃるピアニストの小菅優さんに、没後25年を迎える武満徹の作品を中心に、近現代の室内楽の傑作を2夜にわたり特集して頂きます。小菅さんは優れたピアニストというだけでなく、コスモポリタンな性格というか、幅広い視野を持っていらっしゃる。その個性がよく表現されたプログラムとなっていると思います。ヴァイオリンのシトコヴェツキー、チェロのクレックナー、クラリネットの吉田誠の皆さんも小菅さんの広い人脈というか、交流を物語るもので、これまでにない強力で新鮮なアンサンブルが聴けるのではないでしょうか。

左から小菅優、アレクサンダー・シトコヴェツキー、吉田誠、ベネディクト・クレックナー

◆現代のピアノとはひと味違う「フォルテピアノ」の世界を、多彩なアーティストで表現
ここ数回の「チェンバーミュージック・ガーデン」でとても好評だったのが、サントリーホール所蔵のエラールを使ったコンサートでした。2021年はそれをさらに発展させ、より多くのフォルテピアノを使用したコンサートを4回行います。スーアン・チャイさん、小川加恵さん、渡邊順生さん、川口成彦さんという4人のピアニストがエラール、シュヴァルトリンク、ホフマンなどのフォルテピアノを使って室内楽を演奏して下さいます。ブルーローズという空間は、こうした古い楽器の演奏にもとてもふさわしく、その響きを身近に感じることも出来るはずです。新しい音の体験をして頂けるコンサートになるでしょう。

サントリーホールのエラール(1867年製)

◆恒例の午後のコンサート「プレシャス1pm」と若手の躍動
平日の13時から1時間ほど、ゆったりと、しかし豪華なアーティストの共演によって音楽を楽しむ「プレシャス1pm」は4回の公演を開催します。工藤重典さん、渡辺玲子さん、吉野直子さん、セバスチャン・ジャコーさんなど実力派が登場すると同時に、若いシューマン・クァルテットも参加して、午後の贅沢な時間を演出します。フルートの工藤さんが辻彩奈さん、田原綾子さん、横坂源さんという若手たちと共演し、モーツァルトの「フルート四重奏曲」全曲を演奏されるコンサートは特に注目を集めそうです。

◆世界から若手アーティストが参集する「キラめく俊英たち」
以前にも「チェンバーミュージック・ガーデン」に出演して、その熱演が話題となった韓国出身のノブース・クァルテット、若手クァルテットの中でも実力派と呼ばれるCMG初登場のシューマン・クァルテット、そしてサントリーホールの室内楽アカデミー出身の葵トリオが、それぞれコンサートを開きます。まだ若い彼らが、いま、どんな音楽を目指しているのか、それを知ることが出来ますし、世界の若い演奏家の「いま」を感じることが出来るという意味で、とても刺激的な3つのコンサートになると思います。

ノブース・クァルテット(上) シューマン・クァルテット、葵トリオ(下)

◆豪華なフィナーレ、そして室内楽アカデミーのコンサートも
最後に置かれた「フィナーレ」は毎回、その年に出演したアーティストが参加し、特別な祝祭的雰囲気に包まれます。演奏される作品も、ここでしか聞けないような作品が取り上げられますので、楽しみにされている方も多いでしょうね。
サントリーホールが主宰する室内楽アカデミーで学ぶ若い演奏家(フェロー)たちによる演奏会も2回行われ、そこにはノブース・クァルテット、ヘーデンボルク・トリオもゲスト参加します。そこでも新しい才能同士のケミストリーが生まれることを期待できそうです。
ともあれ、本当に盛りだくさんな2021年の「チェンバーミュージック・ガーデン」。室内楽の華麗な世界を、ブルーローズという親密な空間で体験して頂きたく、準備をしています。
また、2020年に行ったオンライン配信もいくつかのコンサートで予定していますので、こちらもぜひお楽しみください。

(インタビュー・構成:片桐卓也/音楽ライター)

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