先の見えない時代での学び
多くのことを経験したサントリーホール室内楽アカデミー第5期のフェローたち
先の見えない時代の中で、若い演奏家たちは何を考える?
結末が簡単に推測できる推理小説など、誰も読まないだろう。未来の自分の姿がすべて分かっていたら、人は努力するだろうか?
大まかに言うと、2020年の、いわゆる「自粛期間」の間に私はそんなことを考えていた。
新型ウイルスによるパンデミックの可能性はずっと前から予想されていた。それはSF小説とパニック映画の世界のなかだけの話で、現実のものとなるとは誰も思っていなかったのかもしれない。しかし、それは起ったし、まだ継続中である。多くの人たちがその影響を受け、音楽業界も例外ではなかった。
オンラインで開催された「チェンバーミュージック・ガーデン2020」
その状況の中、オンラインで多くの演奏家たちが繋がろうと努力を始めた。実際のコンサートは開催できないが、オンラインの配信によって演奏を届ける試みがたくさんなされた。
サントリーホールの「チェンバーミュージック・ガーデン2020」も6月にブルーローズ(小ホール)にてオンラインで開催された。私も可能な限りその模様を自宅のPCで見たが、無観客のコンサートとは言え、演奏の質、そして演奏家の熱によって、十分に楽しむことが出来た。おそらく無観客のコンサートホールで演奏をするということが初めてだったと思われる室内楽アカデミーに参加するフェロー(受講生)の演奏からも、それぞれの団体の意気込みが伝わって来て、とても頼もしく思えた。
通年なら、この原稿を書くにあたって、フェローに直接インタビューし、それをまとめているのだが、今回はそれが難しいということで、アンケートを実施した。その回答のなかから、この困難な期間をどうやって過ごしていたのか、いくつかの声を紹介したい。
「緊急事態宣言中はあまり練習をする気になれなかったので、和声法と対位法を勉強していました。あとはピアノを弾いていました。人に聴いてもらう機会がないと、生活にハリが無くなってしまうのだということに気付きました」(山本一輝/ヴィオラ/クァルテット・インテグラ)
「まるで目標が無くなってしまったかのような感覚になりました。しかし右往左往したところでどうにもならないと自分に言い聞かせて、この“余白”とも言える時間を有効利用しようと、音楽のみならず、様々な分野の社会勉強をしていました。演奏家は音楽界のみの視点へ偏りがちですが、ワイドな視野で世の中と文化芸術との関わりを知ることは、今後のコロナ下での活動を考える上でも一層大事なことだと思います。これは、富山合宿で受講した花田先生のワークショップを始め、室内楽アカデミーのファカルティの先生がレッスン中にお話しされる知恵袋のようなお話からも感じていたことです」(柳田茄那子/ヴァイオリン/トリオ・ムジカ)
「ソロ活動さえままならない緊急事態宣言下では、室内楽への取組みには特に難しいものを感じました。(中略)まずは、ひとりになった時間を活かし、弾いたことの無いカルテット曲の譜読みをしました。ですが、ひとりでの練習には限界があるので、次は誰もが考えたオンラインでのアンサンブルに取組みました。しかし、これも良くてデュオで精一杯です。そのためとても悩みましたが、僕はあえて何もしないという選択をしました。(中略)ひたすら待ちました。そして緊急事態宣言が明けると見えて来たのは、やっぱりアンサンブルって楽しいという気持ちでした」(関朋岳/ヴァイオリン/チェルカトーレ弦楽四重奏団)
サントリーホール室内楽アカデミー第5期修了演奏会
7月ぐらいからコンサートホールに聴衆を迎えてのコンサートが再開され、様々なソーシャル・ディスタンシングを考慮した新しいスタイルのもとでライブの音楽を楽しめるようになった。
本来なら6月の「チェンバーミュージック・ガーデン」で修了するはずだった第5期アカデミー生の活動だが、今年は例外的に、9月27日、28日に「室内楽アカデミー第5期修了演奏会」がブルーローズで開催されることになった。
それは単にこの2年間の室内楽アカデミーでの成果を発表するということに留まらず、新型コロナウイルスの流行のなかで、自分たちがどんな体験をしてきたか、そしてその中で何を目指して行くのかをそれぞれのグループごとに感じさせてくれる、またとない機会となった。
室内楽の世界は奥深く、2年間という室内楽アカデミーの期間も、長いようで実はあっと言う間に過ぎて行くもの。しかし、ワークショップの積み重ねによって、それぞれのグループの持つ個性が浮かび上がって来る。
それは常に感じていたことだけれど、今回は特に音楽への真摯な想いがそれぞれのグループの演奏から強く感じられて、忘れがたい演奏会となった。
世界的アーティストなどとのワークショップ
第5期の2年間には、ファカルティとのワークショップの他に、アンネ=ゾフィー・ムターとの共演をはじめ、クス・クァルテットやヴォーチェ弦楽四重奏団のマスタークラス、そしてカーティス音楽院(アメリカ、フィラデルフィア)のメアリ・ジャヴィアン(キャリア教育科主任)による特別ワークショップも開催された(2020年1月)。
室内楽アカデミーではアウトリーチ活動も積極的に行っているのだが、その先進地とも言えるアメリカで、豊富なアウトリーチ経験を持つジャヴィアン先生のワークショップは刺激的なものだった。
自己紹介をかねて、それぞれのフェローが「どこに音楽を届けたいか、どんな所に音楽が欠けていると感じるか?」を語り、それに対してジャヴィアン先生が、アメリカでの実際のアウトリーチ体験も含めながら、応答して行く。
さらにフェローのクァルテット・ポワリエが実際に演奏を行い、そこから音楽を意識して聴くための「エントリーポイント」などについての考え方に触れた。日本でもアウトリーチは盛んになって来ていると思うが、それを実際に行う前に、どんなことを考えておくべきか、その基本となる “Experience before information” について学んだことは、これからのフェローたちの活動にとって大きな意味を持つことだろう。
この2年間を振り返って
最後になるが、やはりフェローへのアンケートの中から、この2年間で学んだことについての感想を少し紹介しておきたい。
「特に印象に残っているのは、池田先生の『そこは誰が合図を出しているの?』という質問です。アカデミーが始まったばかりの頃はなんとなく合わせていることが多く、結果、その時々の演奏で合う、合わない、の違いが出ていました。解決策として(中略)休符で休んでいる人が引っ張るというのは、始めは驚きましたが、効果的でした」(牟田口遥香/チェロ/チェルカトーレ弦楽四重奏団)
「印象に残っている言葉はたくさんありますが、メンデルスゾーンの第2番のピアノ・トリオを弾いている時に、堤先生から『あなたたちは心からハーモニーを感じていますか?』と言われた時は特に心に響きました。あの頃は曲を弾くのに一生懸命だったと思うのですが、音楽を演奏している上でいつも忘れてはいけないこと事を堤先生には教えて頂いたような気がします」(久保山菜摘/ピアノ/トリオ デルアルテ)
「今まで同年代のカルテットの演奏をしっかり聴く機会はあまりありませんでした。私はこのアカデミーで、自分たちがレッスンを受けると同じぐらい他のグループのレッスンを聴講することによって、学ぶことや発見することが多かったです。そして、何よりもこんなに一つ一つのグループが違うものなのかと驚きました」(三澤響果/ヴァイオリン/クァルテット・インテグラ)
今後、この新型コロナウイルスの流行がどうなって行くのかはまだ分からないけれど、2020年の経験を通して、私たちは多くのことを学んだ。
室内楽アカデミー第5期のフェローたちも、それぞれが多くのことを考えたに違いない。それをこれからの活動を通して表現して行って欲しいと思う。