サントリーホール室内楽アカデミー 活動レポート
~第5期の2年目、例年以上に実りの多い1年間
サントリーホール室内楽アカデミー(CMA)第5期の2年目は、2019年9月に始まり、2020年3月以降、新型コロナウイルス感染症の拡大のために大きな影響を受けた。しかし、6月の無観客・オンラインでの「チェンバーミュージック・ガーデン」や9月の修了演奏会の開催によって、例年に劣らず(あるいは例年以上に)実りの多いものとなった。
第5期のフェロー(受講生)は、アミクス弦楽四重奏団(宮川奈々、宮本有里、山本周、松本亜優)、クァルテット・インテグラ(三澤響果、菊野凛太郎、山本一輝、築地杏里)、クァルテット・ポワリエ(宮川莉奈、若杉知怜、佐川真理、山梨浩子)、タレイア・クァルテット(山田香子、二村裕美、渡部咲耶、石崎美雨)、チェルカトーレ弦楽四重奏団(関朋岳、戸澤采紀、中村詩子、牟田口遥香)の弦楽四重奏5団体、トリオ デルアルテ(内野佑佳子、河野明敏、久保山菜摘)、トリオ・ムジカ(柳田茄那子、田辺純一、岩下真麻)のピアノ三重奏2団体、計7団体であった。そのうち、アミクス弦楽四重奏団とトリオ デルアルテは第4期から続けての参加。
堤剛アカデミー・ディレクターのもと、昨年同様、ファカルティ(講師陣)はヴァイオリンの原田幸一郎、池田菊衛、花田和加子、ヴィオラの磯村和英、チェロの毛利伯郎、ピアノの練木繁夫が務め、ワークショップ(マスタークラス)は基本的に月に2日間、サントリーホールのリハーサル室などでひらかれた。
ファカルティ(講師)からフェロー(アカデミー生)への言葉
東京クヮルテットの元メンバーの3人や海外での経験が豊富な名手たちが揃う講師陣は、室内楽アカデミーとしては世界のトップ・レベルといえるであろう。フレーズ、ハーモニー、テンポ、ヴィブラート、表情、抑揚、スタイル、など、実に細かなアドバイスや指示がなされる。そして、まさに世界で活躍したファカルティたちの経験談や昔話は、なかなか聞けないものであり、とても興味深い。フェローたちに最も印象に残った言葉を尋ねてみた。
「磯村先生のモチーフの一部のような箇所でももっと歌う気持ち、花田先生の作曲家の意図を細部まで読み表現する方法など、曲の細部でのアドバイスが鮮明に残っています。また、弦楽四重奏ではなかなか受けられない、ピアニストの練木先生からのアドバイスは新鮮で、ポリフォニックで論理的な曲の捉え方は勉強になりました」(二村裕美/ヴァイオリン/タレイア・クァルテット)
「『自分の音をもっと聴くようにしなさい』という一言に感銘を受けました。それは、『自分が本当に出したい音なのかどうかよく聴きなさい』ということでした。富山での合宿の最後に毛利先生がお話しされました」(佐川真理/ヴィオラ/クァルテット・ポワリエ)
「メンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第2番を聴いていただき、『あなたたちはハーモニーを心から感じて弾いていますか?』と堤先生に言われた時は特に心に響きました」(久保山菜摘/ピアノ/トリオ デルアルテ)
自分たち以外の団体のワークショップの聴講も可能で、お互いの演奏に刺激を受けたという。
「今まで同年代のカルテットの演奏をしっかり聴く機会はあまりありませんでした。私は、このアカデミーで自分たちがレッスンを受けると同じぐらい、他のグループのレッスンを聴講することによって学ぶことや発見することが多かったです」(三澤響果/ヴァイオリン/クァルテット・インテグラ)
アンネ=ゾフィー・ムターの公開マスタークラスを2月に開催
~4月より緊急事態宣言による自宅待機
10月22日から29日まで、フェローとファカルティは、「とやま室内楽フェスティバル」に参加。ワークショップとコンサートが詰まった合宿のような1週間を過ごした。
「第5期メンバーでの富山での合宿は本当に楽しい思い出です。皆で生活を共にしながら一日中切磋琢磨し合える環境はとても刺激になりました」(宮川莉奈/ヴァイオリン/クァルテット・ポワリエ)
CMAでは、通常のワークショップのほか、特別なゲストによるマスタークラスも開かれる。今年は、サントリーホール スペシャルステージ 2020に出演したアンネ=ゾフィー・ムターが2月21日に公開マスタークラスを開催し、ヴィヴァルディのヴァイオリン協奏曲集「四季」から「春」と「冬」を取り上げた。ムターは、室内楽アカデミーのフェローたちと一緒に演奏しながら、作品の解釈や弓やヴィブラートの使い方について指導した。
「ムターさんとは4年間のうち2回も関わらせていただくことができ、アカデミーでの4年間の中で学んできたことの多さを感じることができました(注:2016年10月のムター「室内楽の夕べ」にもCMAの選抜メンバーが出演)」(内野佑佳子/ヴァイオリン/トリオ デルアルテ)
しかし、2月末には、新型コロナウイルス感染症拡大によって、すべての音楽家が大幅に活動を制限されることになる。学生は学校の閉鎖によって、練習の場を失った。4月7日に7都府県に緊急事態宣言が出されてからは、外出も自粛が求められ、室内楽の練習のために集まることさえ、できなくなった。
「緊急事態宣言中は合わせる場所もないので合わせは全く出来ず、ずっと家にいました。家では自分のいつもはなかなか時間が取れず出来ないような丁寧な基礎練習を毎日やるようにしていました」(築地杏里/チェロ/クァルテット・インテグラ)
2020年5月開催の第10回大阪国際室内楽コンクールには、サントリーホール室内楽アカデミーから、クァルテット・インテグラ、チェルカトーレ弦楽四重奏団、トリオ デルアルテが出場する予定であった。しかし、新型コロナウイルス感染症拡大のため、今年のコンクールの開催はなくなり、来年に延期されることになった。参加予定団体のメンバーにとってはぽっかりと大きな空白ができた。
「そこで僕はあえて何もしないという選択をしました。良く言えば少しのお暇といった感じです。もちろん、積み上げてきたカルテットを弾く上での慣れた感覚を失っていく日々は辛いですが、それでもアンサンブル欲を抑えて、そしてコンクールのことでいっぱいだった頭と気持ちをリフレッシュして、ひたすら待ちました。そして緊急事態宣言が明けると見えてきたのは、やっぱりアンサンブルって楽しい!という気持ちでした。さらに本番って気持ちいい!拍手って温かい!といった当たり前だと思ってきたことも少し新鮮に感じられるようになりました」(関朋岳/ヴァイオリン/チェルカトーレ弦楽四重奏団)
CMG(チェンバーミュージック・ガーデン)オンラインへの出演
例年6月には、ブルーローズで「チェンバーミュージック・ガーデン」(CMG)が開催され、フェローも積極的に参加する。しかし、今年は、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、開催が中止された。それでも、「CMGオンライン」として新たにいつくかの公演(無観客)が企画され、有料ライヴ配信された。そして、フェローたちは、6月13日、20日の「ENJOY! 室内楽アカデミー・フェロー演奏会Ⅰ、Ⅱ」に出演した。
6月13日のトップ・バッターはクァルテット・ポワリエだった。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第9番「ラズモフスキー第3番」より第1楽章には緊張が感じられた。オンラインでは音が直接的で、奏者にとってはコンサートより厳しい環境かもしれないと思う。20日のブラームスの弦楽四重奏曲第1番の第1、2楽章は13日よりも練られていた。
タレイア・クァルテットは、13日にモーツァルトの弦楽四重奏曲第15番より第1楽章を取り上げた。メリハリがあって、美しい演奏。第1ヴァイオリンの優秀さ、チェロの積極性が印象的。20日はヤナーチェクの弦楽四重奏曲第2番「内緒の手紙」から第1、4楽章を演奏。一人ひとりが積極的で、この作品ではヴィオラの活躍が顕著だった。
トリオ デルアルテは、13日にアレンスキーのピアノ三重奏曲第1番から第1楽章を演奏した。練られたアンサンブル。技巧的にも安定している。20日のドヴォルジャークのピアノ三重奏曲第3番より第1楽章は情感豊かで、スケールの大きな演奏。
トリオ・ムジカは、13日にラヴェルのピアノ三重奏曲より第1楽章、20日にベートーヴェンのピアノ三重奏曲第7番「大公」から第1、2楽章を取り上げた。「大公」は折り目の正しい演奏。
チェルカトーレ弦楽四重奏団は、13日にシューベルトの弦楽四重奏曲第12番「四重奏断章」を弾いた。アンサンブルが練られていて、楽器が溶け合っている。弱音を活かした演奏。20日のシューマンの弦楽四重奏曲第3番から第3、4楽章も、一体感があり、細部もよく聴こえる。情感も豊か。
クァルテット・インテグラは、13日にベルクの弦楽四重奏曲より第1楽章を演奏。一人ひとりが動的でありながら、コンタクトも十分。音楽の濃密さ。かなりの難曲を見事に再現していた。20日はシューベルトの弦楽四重奏曲第15番から第1楽章。開放弦を積極的に鳴らし、鋭くソリッドな響き。一体感、グルーヴ感、俊敏さを持ち合わせる。
そのほか、20日には、アミクス弦楽四重奏団メンバー(宮本、山本、松本)とトリオ デルアルテの内野、河野による、シューベルトの弦楽五重奏曲より第1楽章の演奏もあった。
6月21日のCMGの最後を飾る「フィナーレ2020」には、ベートーヴェン生誕250周年を記念する第2部の「ベートーヴェン駅伝」に、大阪国際室内楽コンクールに出演する予定だったトリオ デルアルテ、チェルカトーレ弦楽四重奏団、クァルテット・インテグラの3団体が登場した。
トリオ デルアルテは、ピアノ三重奏曲第4番「街の歌」から第1、3楽章で若いベートーヴェンにふさわしい若々しい演奏を披露。チェルカトーレ弦楽四重奏団は弦楽四重奏曲第2番より第1、4楽章。とても積極的な演奏で、メリハリがはっきりし、音の輪郭もクリア。クァルテット・インテグラは弦楽四重奏曲第16番より第1、3楽章。よく練られた演奏。第3楽章はよく歌い込んで、作品に入り込んでいた。
サントリーホール室内楽アカデミー第5期修了演奏会
CMAにとって、通常、年度最後の成果発表の場となるCMGがオンラインの無観客で行われたため、今年は、9月に改めて、公開での(聴衆を入れ、有料ライヴ配信も行う)「室内楽アカデミー第5期修了演奏会」が2日間にわたってブルーローズで開催されることになった。
27日の最初はクァルテット・インテグラ。彼らは、ストラヴィンスキーの「弦楽四重奏のための3つの小品」、クセナキスの「テトラス」、ハイドンの弦楽四重奏曲第79番より第2楽章を披露。個性的な4人がここというところではアイ・コンタクトをとる。「テトラス」のような超絶的な曲を面白く聴かせてしまうところはさすが。
トリオ デルアルテはラヴェルのピアノ三重奏曲。終楽章での一体感が素晴らしい。4年間の集大成にふさわしいスケールの大きな表現となった。
アミクス弦楽四重奏団は、モーツァルトの弦楽四重奏曲第19番「不協和音」。優美な演奏。第1ヴァイオリンの美しく正確で気品ある音がモーツァルトにふさわしい。
28日はチェルカトーレ弦楽四重奏団から始まる。ベートーヴェンの弦楽四重奏曲第12番より第2、4楽章を演奏。第2楽章では、4人で慎重に聴き合い、感じ合う。第4楽章も勢いに任せず、丁寧に音を噛みしめる。団体としての進化を感じさせる。
トリオ・ムジカはメンデルスゾーンのピアノ三重奏曲第2番を弾いた。この2年間でのアンサンブルとしての成長が感じられる。表情豊かなピアノが印象に残る。
クァルテット・ポワリエは、シューベルトの弦楽四重奏曲第14番「死と乙女」より第1、2楽章を演奏し、まとまりのあるアンサンブルを披露。
タレイア・クァルテットは、モーツァルトの弦楽四重奏曲第15番。CMGオンラインでの第1楽章に引き続いての全曲演奏。4人が個性と技を発揮し合う。なかでもチェロの音がよく聴こえ、音楽が立体的に感じられた。
誰も体験したことのないようなコロナ禍のなかでフェローたちは自分と向き合うことになった。演奏活動再開後、CMAは、彼らが音楽家としての日常を取り戻す場となり、CMAの演奏会は、音楽を表現し発表する貴重な機会となった。活動の中断があったからこそ、音楽する喜びを再認識し、再開後の仲間との演奏をより新鮮に感じることができたかもしれない。様々な困難に立ち向かい、それを克服した経験は今後の音楽人生にとって有益であろう。
今後も活動を続けていく団体には、CMAでの研鑽を糧に、より一層の飛躍を期待したい。また、様々な事情で団体を継続できない修了生たちも、音楽家としての人生は続いていくので、CMAで学んだことを胸に羽ばたいていってほしいと願う。