「サントリーホール アカデミー」トピックス

オペラ

2022年3月2日

サントリーホール オペラ・アカデミー 2021/2022シーズン レポート1
期待の「オペラティック・コンサート」に向けて

香原斗志(オペラ評論家)

プリマヴェーラ・コース第6期生オンラインレッスン(2022年)
サッバティーニ氏指導の様子(2019年)

日本の教育にないものがここにはある
 もう何年も前から、サントリーホール オペラ・アカデミーの研修生や修了生の公演があれば、できるかぎり聴くようにしてきた。その理由をひとことでいうなら、聴いておかないと損をするからである。
 このアカデミーで学んだ歌手たちは、ほかで研修を積んだ歌手たちにないものを修得していることが多い。イタリア語で歌う際の「a、e、i、u、o」という母音が明瞭で、どの音域も響きが均質に保たれ、息が高い位置に維持できており……、そうした諸々の結果として美しい響きを創ることができている。
 私は以前から、世界で活躍する日本人歌手が少ないことを残念に思い、その原因を考えては記してきた。その一端は、日本の言語と欧米の言語とでは発声のメカニズムが大きく異なることにあると思っている。また、日本人と欧米人とでは鼻の高さも頭蓋の奥行きも胸板の厚さも違うから、欧米の歌手と同種の音を響かせるためには、その穴を埋める身体の使い方が求められるだろう。
 しかし、残念ながら、こうした基本は日本の教育ではスルーされがちなのだが、サントリーホール オペラ・アカデミーにかぎって、こうした問題に正面から向き合っている。その結果として、ほんとうは大事だが日本ではあまり顧みられていない基礎が、ここの研修生や修了生には身についている。もちろん個人差はあるが、聴いていて心地よい歌手が多く、そのなかに逸材も見つかる。だから、聴かないと損なのである。

サッバティーニの理に適った熱血指導
 このアカデミーが発足したのは1993年で、2011年秋からは、抜群のテクニックを誇った往年の名テノール、ジュゼッペ・サッバティーニがエグゼクティブ・ファカルティを務めている。
 この2年ほどは、残念ながらパンデミックのために、海外との自由な往来が制限されているので、レッスンはオンラインで行われている。しかし、このところ何度かレッスンを覗いたが、パソコンの画面を通していることを忘れるほど、熱い指導が行われている。
 たとえば、基礎的なテクニックの修得をめざす「プリマヴェーラ・コース」では、母音の発音について、口の開け方から舌の使い方まで、しつこいほど指導される。息のポジションを高くとることや、大げさなくらい明瞭に発声することなど、何度も繰り返し叩き込まれる。耳の良いサッバティーニは修正すべき点を聴き逃さず、微に入り細に入り指摘する。
 オペラはヨーロッパの芸術だから、本場の耳を通さないかぎり、欠点に気づくことは難しいし、本物の音を創ることはできない。その意味でサッバティーニの存在はかぎりなく大きいが、このアカデミーにはさらに、日本人のすぐれたコーチング・ファカルティたちがいる。
 外国人のすぐれた指導者に師事しても、指摘された点をどういう方法で修正すればよいかわからず、隘路に入り込んでしまう歌手も少なくない。しかし、ここではコーチング・ファカルティたちが、サッバティーニの指摘をどう実践したらよいか、日本人の発音や身体構造の実情に合わせて指導してくれる。
 たとえば、サッバティーニが「ポジションを高い位置に正しくとって、響きをつくるんだ!」と指導したときは、コーチング・ファカルティが「口を上のほうに開けて、後ろに思い切り引っ張るように声を出してごらん。日本人は頭の奥行きが欧米人ほどない分、しっかり後ろに引っ張らないと」と、アドバイスしていた。

本当は欠かせないことを学んだ歌手たちの心地よい歌唱を
 3月9日に開催される「オペラティック・コンサート」に向けてのレッスンも、何度か拝見した。そこで歌う現役生は「プリマヴェーラ・コース」第6期生から1人(第5期からの継続受講生)と、上級の「アドバンスト・コース」第5期生3名全員。上に記したような指導を受けてきた歌手たちがどのように成長しうるのか、たしかめられたのがうれしい。
 また、レッスンを通じてみるみるうちに歌が磨かれていった歌手もいた。
 このコンサートで演奏されるのは、モーツァルト『フィガロの結婚』第2幕、ロッシーニ『オテッロ』第2幕、第3幕、そしてプッチーニ『ラ・ボエーム』第1幕、第3幕からの名場面で、名高いアリアやスリリングな重唱、珠玉のアンサンブルが含まれている。
 また、『ラ・ボエーム』にはアドバンスト・コース第2期の修了生であるソプラノの迫田美帆、『フィガロの結婚』には同じく第3期修了のメゾ・ソプラノ、細井暁子も出演する。先に述べた「日本の教育ではスルーされがち」な問題に「正面から向き合って」きた歌手たちがどう成長を遂げているか、わかるはずである。3人のコーチング・ファカルティの歌い手も助演する。
 サントリーホール オペラ・アカデミーのレッスンと成果については、今後もレポートを続けていきたい。だが、この「オペラティック・コンサート」できっと繰り広げられる心地よい歌唱と精緻なアンサンブルを、まずは純粋に楽しみながら、日本におけるオペラの未来の可能性について、思いを馳せてみたいと思っている。

ソプラノ:迫田美帆(修了生)
メゾ・ソプラノ:細井暁子(修了生)
ソプラノ:岡莉々香(アドバンスト・コース第5期生)
ソプラノ:萩野久美子(アドバンスト・コース第5期生)
テノール:石井基幾(アドバンスト・コース第5期生)
テノール:頓所里樹(プリマヴェーラ・コース第6期生)