「サントリー美術館コレクション展 名品ときたま迷品」では、名だたる「名品」だけでなく、昭和36年(1961)の開館以来、あまり注目されず展覧会にも出品されてこなかった、知られざる「迷品」も一堂に会し、さまざまな視点から多彩な魅力をご紹介しています。
本展の展示室では、通常の作品解説に加え、作品にまつわる逸話や意外な一面をお伝えするマニアック解説<学芸員のささやき>を設置しています。
そしてここでは、そのマニアック解説よりもさらに一歩進んだ情報・裏話などを、展覧会担当学芸員が執筆するコラムでお届けするスペシャルウェブコンテンツ“学芸員のささやき特別版”をお届けします。
今回ご紹介するのは第2章で展示している「十二ヶ月景物図巻(じゅうにかげつけいぶつずかん)」です。
「十二ヶ月景物図巻」は、一年十二ヶ月それぞれの月を代表する風物を詠んだ和歌と、その内容を描いた絵からなる巻物です。絵を手掛けたのは宮廷絵師の土佐光芳で、江戸時代中期における土佐派の典型的な歌絵、すなわち和歌を題材にした絵画作品の1つに位置付けられます。
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二巻のうち下巻 寛延2年(1749) サントリー美術館
【通期展示 ※場面替えあり】
平成2年(1990)に収蔵され、記録ではこれまでにサントリー美術館で6回、館外貸し出しで5回展示されてきました。展示回数だけを見れば、必ずしも「迷品」とは言えないように思われますが、実は長らく作品の詳細が伝わらず、制作年代や制作背景もわからない状態でした。
それでも出品されてきたのは、日本の伝統的な十二ヶ月の風物という主題が、展覧会の隙間を埋めるのにちょうどよかったからに他なりません。「よくわからないけど使い勝手がいい」程度に認識されて、あまり関心を集めてこなかった点では、やはり「迷品」であるといえるでしょう。
しかしある時、転機が訪れます。ふと、箱に貼られた札が気になって調べてみると、それは仙台藩主・伊達家の所蔵印と目録番号だったのです。そこで伊達家の記録をたどると、本作は寛延二年(1749)に行われた第五代藩主・伊達吉村の七十歳を祝う「七十賀」のために作られたものと判明したのでした。
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※本展では展示されていません
この伊達家の記録は詳細を極め、和歌を詠んだ人物をはじめとする関係者や、その報酬までも記されていました。こうして制作背景が明らかとなり、もう「隙間要員」は卒業かな?などと思ったのもつかの間。さらにあんなことになるなんて……この時は思ってもいなかったのです。
数年後、制作背景がわかってすっかり安心しきっていた頃、とある案件で江戸時代後期の資料を調べていると、「十二ヶ月景物図巻」の和歌が記載されていることに気づきました。なんと、吉村の七十歳を祝った和歌はその後も伝えられ、広まっていたのです。しかし何かがおかしい。よく見ると「屛風和歌」とあります。
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※本展では展示されていません
「十二ヶ月景物図巻」は巻物ですので、これは間違った伝承になります。しかし、そこで思い浮かんだのが狩野惟信・栄信父子が手掛けた「十二ヶ月月次風俗図」(東京都江戸東京博物館蔵)でした。本作と同じく十二ヶ月の風物を詠んだ和歌を主題とする上に、元は屛風であったことがわかっていたからです。
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文化2年(1805) 東京都江戸東京博物館蔵
画像提供:東京都江戸東京博物館 / DNPartcom
※本展では展示されていません ※無断複製禁止
実は、かねてより描かれたモチーフが本作と共通するところがあると思っていたので、改めて和歌を比べると……やはり。両者は同じ主題構成であることが明らかでした。吉村七十賀の和歌が誤って屛風の和歌として伝わったことで、約半世紀の後に、それを参照して本当に屛風が作られていたのです。
しかも「十二ヶ月月次風俗図」は、近年注目を集める「幕末狩野派」の先駆けに位置付けられる最重要作品。つまりは美術史上の転換点となる作品に元ネタを提供していたということにもなります。「十二ヶ月景物図巻」がなければ「十二ヶ月月次風俗図」も生まれず、日本美術の歴史が少し変わっていたかもしれません。
絵ではなく和歌を起点とした隠れた関係を探ることで、私にとっての「十二ヶ月景物図巻」は、隙間要員である「迷品」から日本美術史の鍵を握る重要な「名品」へと一気に変貌を遂げました。これは「迷品」が「名品」になり、「名品」が「迷品」にもなる「メイヒン体験」に他なりません。
このように、時には斜に構えて作品に接してみれば、普段と違った魅力が見えてくることもあるでしょう。絵画としてはいささか主張が弱く、個性が際立つわけでもない「十二ヶ月景物図巻」は、あなたにとってどちらの「メイヒン」と映るでしょうか。ぜひとも展示室で試してみてください。
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