「サントリー美術館コレクション展 名品ときたま迷品」では、名だたる「名品」だけでなく、昭和36年(1961)の開館以来、あまり注目されず展覧会にも出品されてこなかった、知られざる「迷品」も一堂に会し、さまざまな視点から多彩な魅力をご紹介しています。
本展の展示室では、通常の作品解説に加え、作品にまつわる逸話や意外な一面をお伝えするマニアック解説<学芸員のささやき>を設置しています。
そしてここでは、そのマニアック解説よりもさらに一歩進んだ情報・裏話などを、展覧会担当学芸員が執筆するコラムでお届けするスペシャルウェブコンテンツ“学芸員のささやき特別版”をお届けします。
今回ご紹介するのは第1章で展示している「椿彫木彩漆笈(つばきちょうもくさいしつおい)」です。
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室町時代 16世紀 サントリー美術館 【通期展示】
笈(おい)は修験道の行者が山岳を巡って修業をするにあたって、仏像や経典、衣類などの日用品を入れて背負った箱です。特に本作のような箱型のものは「箱笈(はこおい)」と呼ばれ、仏像を礼拝・供養するための入れ物としての機能が重視される傾向にあります。
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表面には鎌倉彫の技法で素朴なタッチの椿が表されています。笈は、修行者が仏に生まれ変わるための「聖なる母胎」とイメージされることもあり、椿はその笈を守る魔除けであると思われます。冬に花を咲かせ、緑の葉を保つ椿の生命力には、古来魔を祓う力があると信じられていたのです。
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展示にあたり、改めて館内の記録をたどってみると、昭和57年(1982)の収蔵で、これまでにサントリー美術館で3回、館外貸し出しで2回展示とありました。気軽に扱える大きさではないこともあってか、あまり展示の機会に恵まれず、長らく「迷品」といえる位置にあったようです。
前回の鞠と違って作品の由来については少しわかっています。源義経四天王の一人、亀井六郎の所持品という伝説を伴って仙台藩に伝来したもので、後に仙台藩に縁の国語学者・大槻文彦が買い求め、文部省博覧会などに出品していたとのこと。現在まで大切にされてきたのは、この伝説のゆえであるのかもしれません。
また、本作は量感のある大きな箱状で、幅が63.9㎝、奥行が45.2㎝、高さが84.5㎝と、1人が背負うには少々大きく感じます。加えて整然とした木組がなされているので、一見どこが開くのかわかりません。そのため、展示を見た方から次のような質問が多く寄せられました。
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そこで、ここでは特に、これらの疑問にお答えしたいと思います。
まず「どうやって開けるのか」ですが、椿の彫刻のある6つの区画がそれぞれ扉になっており、内部は3段に分かれています。最下段の内側には具注暦という暦の一種が貼られているのですが、そこに「長禄二年(1458)十一月一日」の記載があり、制作年代を考える手がかりとなっています。
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続いて「どうやって背負うか」ですが、福島県立博物館に所蔵されている、本作とそっくりな作品(重要文化財「椿彫木彩漆笈」)が参考となります。それを見ると、正面フレームの上から2段目と一番下の部材の間に2本のひもが渡されているので、これをリュックサックのように肩に掛けて背負ったとわかります。
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室町時代 福島県立博物館 ※本展では展示されていません
そして福島県には、もう一点そっくりな作品(重要文化財「椿彫木彩漆笈」示現寺蔵)があることが知られており、本作のような笈が東北地方にゆかりの深いものであることがうかがえます。源義経に仕えて平泉に散ったという亀井六郎所持との伝説が付随しているのも、それなりの理由があったということです。
素朴で地方色豊かな造形だけではなく、作品を見ただけではわからない逸話にあふれる本作。さらに重要文化財に指定されている類品の存在からすると、名だたる「名品」となるポテンシャルを秘めているのかもしれません。しかし最終的にどちらの「メイヒン」であるのかを決めるのは、作品を目にした「あなた次第」。ぜひとも展示室でご覧になって考えてみてください。
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