Vol.18
《袋法師絵巻》
―「色深き女」の本懐
ここは高貴な女主人の寝所。屛風をめぐらせた上げ畳の上で、女主人が胸に手をあてて辛そうにしています。侍女が灯りを消しているのは、女主人を眠りにつかせるためでしょう。驚くべきは、女主人の背後にある大きな袋の下からのぞく男の顔(部分拡大)。この心優しい女主人は、突如として屋敷に忍び込んできた法師(部分図右側)を無下に追い返すことができず、袋をかぶせて隠しているのです。
この奇妙な光景は、《袋法師絵巻》という南北朝時代に成立したとされる絵巻物の一場面です。原本は今では残っていませんが、当館所蔵の本作のように、江戸時代には数多くの模本が作られました。
《袋法師絵巻》は、《稚児之草紙》や《小柴垣草紙》と並んで、日本の三大性愛絵巻に数えられています。《稚児之草紙》は日本最古の男色物語絵巻で、原本が醍醐寺三宝院に秘蔵されていると言います。《小柴垣草紙》は、伊勢神宮に奉仕する斎宮と警護の武将が密通するという、スキャンダラスな事件に着想を得た作品(フィクション)で、斎宮が潔斎のために籠る都郊外の野宮を小柴垣で囲っていたことから、この名が付けられました。実際、《小柴垣草紙》冒頭の印象的な場面――月明りのもと、斎宮が濡れ縁の端に腰掛け、自ら武将を誘惑する――には、小柴垣が描かれています。
これらの絵巻と比べると、《袋法師絵巻》は性愛の滑稽さを強調した作品と言えます。道に迷った身分の高い三人の女が、好色で賤しい法師に次々と弄ばれるも、法師のお蔭で無事に太秦近くの屋敷へ辿りつきました。その数日後、「いつでもお訪ねください」と言った女の一人の誘いを頼みに、屋敷に闖入した法師でしたが、大きな袋の中に入れられてしまいます。法師が袋から出られるのは、女主人をはじめ、屋敷に住まう「色深き女」たちの要求に応える時だけです。特に、女主人の隣の局に住む若い尼が、袋に入ったままの法師と交わる場面は、本作のハイライトと言えます。
以上を踏まえて、女主人の寝所の屛風に注目すると、三日月や赤く色づく紅葉とともに、小柴垣が描かれているのがわかります。小柴垣は《小柴垣草紙》を想起させる重要なモチーフであり、身分を越えた男女の濃密な情事の象徴と言えます。つまり、小柴垣を描いた本作の画中屛風は、「胸が痛むから早く寝たい」と訴える女主人の、心の奥底に秘めた欲望を暗示しているのです。
出典:『サントリー美術館ニュース』vol.273.2018.8, p.6
2020年7月3日