Vol.16
《色絵女人形》
ー溢れる気品
優雅な仕草と整った顔立ちが印象的な柿右衛門人形です。大ぶりの熨斗・文字額・桜樹の様に飾られたあでやかな打掛をまとっています。柿右衛門人形には本作のような女性の立像や坐像の他、馬・獅子・虎・鷹・鶏などの鳥獣像もあります。
柿右衛門様式の色絵磁器は江戸時代の1670〜90年代を中心に有田で作られ、輸出先であるヨーロッパの宮殿や大邸宅の内装を飾る高級インテリアとして絶大な人気を得ました。それから約100年後、京都の鑑定家・河津吉迪によって編まれた『睡余小録』(1807年刊行)に柿右衛門人形に関する記述と挿図のあることが知られています。
「徳子吉野の像なり 伊満利柿右衛門の造所にて来山の泥像と同物なり 但其光澤美麗まされるよし併見人語れり 面皃生が如く深夜これに対すれバ人をして寒粟せしむ」
この人形は有田の名工・柿右衛門が作り、京都の島原遊郭の遊女・吉野太夫をモデルにした、また『女人形記』で有名な江戸時代前期の俳人・小西来山が所有していた像と同じ物だというのです。そして「その面貌は生きているかのようだ」ともいいます。
本作は、『睡余小録』の挿絵と同じ立ち姿に同じ着付けの太夫像です。小袖を幾重にも重ねて着、打掛の中に幅の狭い黒い帯を締めています。間着の前をゆったりと寛げて帯を低い位置に締め帯下に打掛の襟先を挟み込んでいます。打掛の裾のめくれは赤く、また間着の七宝繋文様や紅葉散らし文様も赤く鮮やかに覗きます。
白く華奢な指をそろえて右手は腰の帯下に沿わせ、左手は胸の前で軽く襟にかけています。柿右衛門人形の中でも本作は手首から先の形状が繊細で整っています。
間着の裾から足袋をはいた左足のつま先だけを内股に少し出し、お腹から前に出るように一歩踏み出します。全体のシルエットは腰から膝に向かって緩やかに締まり、裾に向かって再び緩やかに広がります。これがすらりとした立ち姿に緊張感を与えていますが、後ろに引きずる打掛の裾が全体の重心とプロポーションのバランスを取っています。底面は孔のない平底です。
黒々と豊かな髪を勝山髷まげに結い、白い肌に細い眉と切れ長の眼、赤く薄い唇を持ちます。わずかに左右非対称の眼や大きな鼻、歯を少し覗かせるような微笑みが顔立ちに温かい人間味を添えます。ほんの少し青みを帯びた透明釉の掛かる白地は太夫の白くきめの細かい肌をよく表現し、黒髪と好対照をなしています。
横顔の美しさはさらに際立っています。立体感豊かな前髪は額の上に高く庇のように立ち上がり、両耳は見せ、髱たぼを長くしてうなじを隠すように結われます。後頭部の髷の内側に円孔(空気孔か)が隠れています。鼻梁は眼より高く通り、ふっくらとしたあごの形状が首前から耳元にかけて作り出す上品な陰影は秀逸です。
気品が全身に満ち溢れ、まさに「深夜これに対すれバ人をして寒粟せしむ」るほど生き生きとしたこの女人形には来山でなくとも心を奪われてしまいます。
出典:『サントリー美術館ニュース』vol.271, 2018.3, p.6
2020年6月26日