Vol.8
《天部像頭部》
ー豊麗なる女神像
今回紹介する《天部像頭部》は、当館のコレクションのうちでも、また作品としても異色の存在で、展示される機会が稀な作品です。一方で、コレクションにおける唯一の仏教彫刻であるうえ、制作年代が平安時代にさかのぼるものであり、まさに「知られざる名品」としてここで取り上げたい一品です。
立像なら像高1メートルに満たないほどの像の頭部であったと思われますが、現状は頭部のみ、割り放した頸部を補強し、台座に差し込んで安置できるよう仕立てています。檜材の一木から彫成し、現状素地を現しますが、当初は彩色されていたかと考えられます。前髪と側面の髪を上方にとき上げ、後髪も後頭部で左右に振り分けながら上げて、頭頂で小さな髻を結い、花弁形の髪飾をつけています。これは古代における女性の髪型の一つで、同種のものが古くは正倉院宝物の《鳥毛立女屛風》に見られ、古代の女性の髪型も中国・唐の強い影響下にあったことがうかがえます。とはいえ、本像は女性そのものの彫刻像ではなく、仏教における女性神を表わすと考えられます。仏教の諸尊は、一般に男女の性を超えた存在とされますが、「天部」に属するものの中には、吉祥天、弁才天、伎芸天、訶梨帝母(鬼子母神)など女性神が幾つか含まれ、本像もそのいずれかと見られます。三道と呼ばれる首に刻まれた三つの皺も、本像が仏像であることを示しています。頬の張った丸い面部と、その中央に目鼻が寄せられた端正な顔立ち、小さな髻のかたちなどに、平安時代後期の穏和な作風が顕著で、十二世紀頃制作の滋賀・園城寺蔵の《護法善神像》とは髪型ともども類似することからも、十二世紀の制作と考えられます。
平安後期の典型を示す作風が見どころとなりますが、もう一つ興味を惹くのはその伝来です。付属の但し書きによれば、本像は日本画家・土田麦僊(1887〜1936)旧蔵で、前所蔵者の父が譲り受けたといいます。さらには、代表作《湯女》のモデルとなったとまであり、それが事実かは今明らかではありませんが、豊麗な美神を表わす本像は、丸顔で豊満な湯女、さらにはこの頃麦僊が描く丸顔の女性像全般と重なるようで、モデル説を信じてみたくもなります。
出典:『サントリー美術館ニュース』vol.261, 2016.5, p.6
2020年5月29日