Vol.4
《蓬莱蒔絵手箱》
ー長寿の願い、吉祥の手箱
工芸作品の意匠は、一部のジャンルを除き、凡そ何らかの好ましい意味、「よき意味」を与えるもので、代表格が吉祥文様です。今回は、その中でも特にめでたきものとして、不老長寿の願いに根ざした意匠の漆工品を紹介します。
流水の中に松の生える岩を配し、その周りを鶴が旋回するように飛ぶ図様が、蓋表、身側面、さらには蓋裏や付属の懸子にまで表される手箱です。岩の上には時折亀も姿を現し、蓋表では鶴と見合っています。岩は輪郭を縁取った上で大小様々な大きさの金を蒔き分けて巧みに陰影を表し、流水も柔らかく長くひかれ、穏やかな流れが見て取れます。
これは「蓬莱文様」といわれ、日本では中世以降、工芸意匠として定着するものですが、もともとは古代中国の蓬莱思想に基づくものです。中国の東方の海中にあるという蓬莱山では、鳥獣は悉く白く、宮殿は金銀で、不老不死の仙薬があるとされます。人々が憧れ続けてきた海の向こうの理想郷です。日本の造形作品にこの蓬莱山を見ると、平安時代には海上を泳ぐ巨大な亀の背中に屹立する姿で表され、中国で語られたものに近かったことがわかります。その後徐々に和風化し、鎌倉時代半ばには、流水に松繁る岩礁と鶴という基本構成が成立します。そこに亀、竹、洲浜が加わり一つの定型が出来あがった後、さらに梅が加わって、松竹梅鶴亀を中心とした慶賀の文様で構成されていきます。
本手箱の蓬莱文様は、竹や梅を表さない点で古い形を伝えます。特に中世蒔絵の蓬莱図中にあって洲浜が描かれないことは珍しく、これにより強調される穏やかな流水表現が画面に静寂さを与えます。一方で、漆黒の地に蒔かれたきらめく平目地が幻想的な雰囲気を醸し出しており、ここに悠久の時を静かに刻む理想世界が表されるのです。図様と技法が相まって、日本人が思い描いた理想郷の姿を伝えるとともに、各面それぞれに蓬莱文様を描きながら、紐金具にも長寿と結びつく菊枝を表し、実に吉祥が満ちた手箱となっています。
出典:『サントリー美術館ニュース』vol.255, 2015.4, p.6