Vol.3
《切子 文具揃》
ー洒落者の粋
そろそろ年度替りの足音も近づいてまいりました。子どもの頃、新しい学年を迎えるにあたり、鉛筆を新調してもらったり、筆箱を買い換えてもらったりした方も多いのではないでしょうか。この度ご紹介する当館コレクションは、「切子 文具揃」。書を巡る机上の愛らしい道具たちです。
文房とはもともと中国で文人の書斎を意味し、そこで使う道具を文房具と呼びました。「正しく美しい文字を書きたい」、そんな姿勢に端を発し、手に心地良い筆を選び、光沢のある墨を用い、上質な硯を求め、走りの良い紙を使ったのでしょう。
書の中心となる筆・墨・硯・紙を「文房四宝」と呼んで尊び、大切に扱ってきた実用の世界から、整えられた机の上に文房具を飾り、客人とともに愛玩する鑑賞の領域へと発展したのは、宋代の頃といいます。この「文房清玩」(文具を鑑賞するたしなみ)は、座敷飾りが行われた室町時代に日本でも見られ、また江戸時代になると、文人趣味の高揚と煎茶の流行とともに広がっていきました。
先ほどの文房四宝に、筆を洗う「筆洗」、筆を立てる「筆筒」、硯にゴミや塵が入らないようにする「硯屛」、水を足す「水滴」、筆を休める「筆架」、紙を押さえる「書鎮」を加えて「文房十友」と称します。この切子製の文具揃は、書鎮の替わりに長手の「卦算」を二本と、墨を置く「墨床」を加えています。
文献資料によると、江戸で切子の技術が開始されたのは、天保5年(1834)頃。文人趣味の面々にとっても、この清々しい後発の材質は目新しく、見せる室礼として垂涎の的だったのではないでしょうか。一つ一つは小ぶりですが、それぞれ非常に精緻な彫りが廻っています。硯屛には表側から菊が、裏側から琴の文様が丹念に施されています。蝙蝠形の筆架は、その形態をよく捉え、かつ素晴らしいバランスを保っています。ただ飾っておくばかりではいられなかったのでしょう。それぞれに細かい擦れも多く、水滴の内側は白く曇り、明らかに使用したことを示しています。掌でも愛でずにはいられない、洒落者自慢の揃物だったのでしょう。
出典:『サントリー美術館ニュース』vol.254, 2015.2, p.6