Vol.2
高嵩谷筆《雨宿り図屛風》
雨に集うー降る雨、売る飴
突然降り出した夏の夕立によって、周囲はあわただしい雰囲気に包まれています。画面中央の大きな門の下では、花売り、八百屋、本屋、武士などが雨宿りをしています。獅子舞の芸人は途方に暮れ、菓子売りは大きな欠伸をひとつ。人々に紛れ込んだ黒い野良犬や、柱からぶら下がる子供、破れた傘の間から顔を覗かせる子供の姿が思わず笑いを誘います。
なかでも興味深いのは、一団の中央にいる藍色の絣を着た男です。江戸時代には、中央部の高く尖った、縁のある「唐人笠」を被り、唐人の姿を真似て飴を売った「唐人飴売り」がいました。この男も唐人笠を被っており、飴売りであることが分かります。手にした箱の中には、ピンクや黄色の飴が見えます。
さて、この飴売りの持つ棒の上をよく見てみると、「三つ巴」の飾りが付いています。この飾りにはどのような意味があるのでしょうか。「巴」は水の渦巻く姿が原型であるとされ、火除けの意味で建物の軒瓦などに用いられました。また、雷を表したものとも解され、雷神の持つ太鼓の模様としても使われています。そして、当時の飴売りの中には、「雨」と「飴」を掛けて、傘を看板代わりにした者がいました。これらのことから推測すると、本図の飴売りは、水や雷と関連の深い「巴」の飾りを付けることによって「雨」を表現し、そこから同じ音の「飴」を連想させようとしていたと思われます。この飴売りをあえて中央部に描いたのは、本図の主題である「雨」に引っ掛けた、作者の遊び心でしょう。
作者の高嵩谷(こうすうこく 1730〜1804)は、元禄期を中心に活躍した英一蝶の門人である佐脇嵩之に絵を学びました。本図は一蝶作品を元にしたものですが、明るい色彩やのびやかな人物表現には、嵩谷のみずみずしい感覚が存分に発揮されています。
様々な身分の人々が、にわか雨によって一時寄り添う。そのような偶然の出会いに向けられた絵師の温かい視線が、本図の大きな魅力であるといえます。
出典:『サントリー美術館ニュース』vol.252, 2014.9, p.6