方形、被蓋造で、甲盛とやや胴張のある硯箱。総体黒漆塗に平目地を施し、薄肉高蒔絵や平蒔絵を主体に、月夜の秋野に御所車を描く。雲や岩の一部には銀蒔絵を用い、月には銀金貝、秋草の中の鈴虫に青貝、ほかにも数種類の金粉や金銀の切金を駆使し、精巧に作る。蓋裏の色漆であらわされた黒木の鳥居と小柴垣、蓋表の主のいない御所車などによって『源氏物語』「賢木」の場面を表すことがわかる。伝統的な手法の中に、江戸時代前期の漆工芸の新鮮な息吹を伝える佳品である。(『サントリー美術館プレミアム・セレクション 新たなる美を求めて』、サントリー美術館、2018年)