幕府御蔵役人の子として生まれた小林清親(1847~1915)は、幕末の動乱期に鳥羽伏見の戦いに参戦、幕府軍敗戦後には将軍家とともに静岡へ移住した。明治7年(1874)に東京へ移り、二年後には30歳で浮世絵師としてデビュー、同年に版元松木平吉から「光線画」と呼ばれる東京名所図シリーズを刊行する。自然光や人工的な光が織りなす陰影をとらえた光線画は、透視図法・陰影法・明暗法を用い、浮世絵界に新機軸を打ち出した。 本図は、荒川の東岸の低地に位置し、現在も花菖蒲の名所として知られる堀切を描く。道沿いに花々が咲き誇り、高台にある茶屋で憩う人々のシルエットも確認できる。画面中央やや右に位置する茶屋の前の松のかたちから、幕末に開園した小高園の園内を描いたものと考えられている。(『激動の時代 幕末明治の絵師たち』、サントリー美術館、2023年)
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