しき こうさくず びょうぶ
狩野養信(1796~1846)は、狩野栄信の長男で、木挽町狩野家の九代目となる。栄信が確立した幕末の狩野派様式を継承した養信は、古絵巻や中国絵画など和漢の名画を学び、近代日本画へ続く表現を生み出したとされる。本作は、右隻に田植えを中心とした春から夏の景を、左隻に収穫を中心とした秋から冬の景を濃彩で描く。耕作図という画題は、為政者が民の労苦を知って自らを戒めるために制作された鑑戒画のひとつで、中国から伝わった。本作は日本風俗の耕作図であり、田植えや田楽踊り、稲刈り、脱穀など農耕の様子が生き生きと描かれている。画面構成は、栄信の耕作図にならったとされ、細部の図様には古絵巻が参照されていることが指摘される。古典を学び、自らの制作に生かした養信の代表作である。十一代将軍・徳川家斉の第十八女・盛姫が、佐賀藩藩主・鍋島直正に嫁ぐ際の婚礼調度として制作された。各隻「晴川院法眼養信筆」と署名し、朱文方印「曾心斎」を捺す。(『激動の時代 幕末明治の絵師たち』、サントリー美術館、2023年)
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