櫛の一面に、数隻の帆掛け舟が浮かぶ穏やかな海岸の景色を描く。大きく湾曲した砂浜上に生える松の幹や松林のひょうげんが繊細である。富士山の姿は見えないものの、おそらくこれは古来和歌の詠われた「三保の松原」を表現したものであろう。もう片面はうって変わって、触手のような波頭を立てた荒波の図で、中空には鉛板を象嵌したと思われる三日月が冴え冴えとした輝きを放っている。櫛の表裏によって、静と動あるいは具象と抽象という表現の対比が見事である。(『歌枕 あなたの知らない心の風景』、サントリー美術館、2022年)
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