きりこ ふたつき さんだんじゅう
全体を籠目文様が覆おおう三段重。文献によると、江戸のガラス問屋加賀屋の文次郎が、金剛砂を用いてガラスを切る工夫をしたのが、天保5年(1834)のことという。享保年間に洋学が解禁されて研究が進み、厚く良質なガラスが作られて、19世紀前半には切子が可能となったと推測される。こうしたガラス素地や切子を施したガラスは、ポルトガル語でダイヤモンドを意味する「Diamante(ディアマンティ)」から派生し、「ギヤマン」と呼ばれた。(『サントリー美術館プレミアム・セレクション 新たなる美を求めて』サントリー美術館、2018年)
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