アンサンブルに託した思い
――東京シンフォニエッタが1994年、アンサンブル・ノマドが1997年と、90年代の結成です。結成のきっかけについてお聞かせください。
東京シンフォニエッタが誕生する以前、日本にもいくつか現代音楽のアンサンブルが活動していました。それは80年代に、フランスでアンサンブル・アンテルコンタンポラン(EIC)の活動が活発になってきて、日本でもそういうことができたら……という思いから次々に起きた現象だったと思います。東京シンフォニエッタは、野平一郎さんと私で作ったアンサンブルで、我々はパリで勉強しましたが、当時からフランスでは古典と現代音楽をミクストさせるプログラムが非常に多く、どちらもできる演奏家が優れた演奏家とみなされていた。EICしかり、ロンドン・シンフォニエッタしかり、です。東京シンフォニエッタも結成当初から、現代音楽に特化したプレイヤーではなく、クラシックで優れた演奏をする音楽家=すべての作品が演奏できる集団、というコンセプトを打ち出しました。演奏家それぞれ、日々の業務というのがあるわけですが、それと同時に、演奏家になる過程で持っていた「夢」みたいなものがあって、それができたら面白いんじゃないの、という思い。それが実現したのが東京シンフォニエッタで、それは今でも変わりません。
僕がアンサンブル・ノマドを作ろうと思ったのは、意外と思われるかもしれないですけれど、ちょうどその頃日本で活発になっていたバロック・アンサンブルの存在です。バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)や、その前から活動していたテレマン・アンサンブルなどですね。僕はずっとバロックに興味があったので動向を見ていたんですけれど、バロックの演奏に対する研究がすごくいいかたちで出てきたなと感じていました。彼らを見ていて、だったら現代音楽を専門にするアンサンブルがあってもいいんじゃないかと思ったのが、一番大きなきっかけです。BCJがバッハを専門とするように、僕らは20世紀音楽を中心にやっていきたいと。その時僕がやりたいと思ったのは、「作品の紹介」ではなく、いい演奏を20世紀の音楽でしたい、ということ。こんなにすばらしい魅力的な音楽を僕たちはやっている、ということに重きを置きたいと思ったんです。
ですので、あまり気づかれていないことですが、僕たちがやっていないこともたくさんあって、一番大きな点は「新作委嘱」をしないこと。また「作品の紹介」というスタンスではなく、今ある曲目で、どうやってオリジナルなプログラムを作るかを考える。一見遠く離れているような曲目を、一つのプログラムに並べて聴いたときにどうなるか、ということに関心があって、それこそ僕たちの演奏会にしかできないこと、と思っています。
その点でシンフォニエッタとノマドは随分違いますね。シンフォニエッタの理念は、海外の作品の紹介と、日本の作品を海外に発信することです。これが我々のミッションと考えています。海外に出ていくときは、必ず我々が聴いてもらいたい日本の作品を持っていく。また海外で出会った作品で面白いものは、日本でやってみる。そういう関係性を大切にしています。そして海外に行くときはなるべくそのメディアに載るようにします。メディアに載ればその国においてナショナルになり、ナショナルからインターナショナルにつながる。そういうふうに世界を広げていきたいという願いがあって、発信拠点として「東京」というシニフィカティブな名前を付けたわけです。
ノマドと真逆ですね。「ノマド」=「放浪」ですから(笑)。
僕がこの名前に託したのは「自由さ」です。空間的にも色々な所に行きたいし、イメージとしても色々なものを取り入れたい。自分が名前に託した願いの通りになって、ほとんど毎年海外公演ができていますし、レパートリーも広がってきました。当初は「20世紀音楽」をいい演奏で、というコンセプトで始めたんですが、最近ではさらに広がって、プログラムのなかで、現代音楽とモーツァルトもバッハも、さらに中世の音楽やアジアの小民族の音楽まで広がってきています。いまできることを最大限やっていきたいと思っています。
現代音楽をより面白くするために
――結成から20年余り。現在の現代音楽界をどうご覧になっているか、現代音楽界により活気を与えて面白くしていくにはどうしたらよいと思われるか、お客様へのメッセージも含めてお願いいたします。
うーん、そもそも「現代音楽」とは何かですよね。人によってそれぞれ違うと思いますから、一つの基準で言うことはできないはずです。AさんとBさんでは、「あなたの現代音楽」は違うわけで。
そうですね、ただ「クラシック音楽界」とは違う「現代音楽界」はまぎれもなく存在していて、それは外せないと思うんですよ。しかも、一人の人間が常に現代音楽だけを聴いて日々過ごしているわけではなくて、クラシックやロックのコンサートも行けば、家ではポップスを聴いたり、テレビを見るのも好きだったり……と重なっているわけで、音楽を一つの文化活動と捉えれば、現代音楽はあるべきだと思うし、その前提のもとに僕たちが音楽活動をやっているというのは確かだと思うんです。
例えば何も知らない人にウェーベルンの曲をぱっと聴かせて、「ああ、いい曲だ!」とは普通は思わないでしょう(笑)。それこそ10回、20回……100回と聴いて、だんだんわかっていく。僕たちが相手にしているのはそういう音楽だ、ということは、基本、おさえておきたいと思っています。
演奏家の責任として、演奏の質の向上をはかること、これは当然のことですが、まず前提として、既存の作品を演奏すること自体、それまでの演奏に対するクリティックですよね。もしこれまでの演奏で充分満足しているのなら、新たに演奏する必要はないわけで、「自分だったらこう読む、こう表現する」とはっきり打ち出すことが、演奏家のオリジナリティの表明であり、責任であると思っています。
お客様はなにをどう聴かれようと自由なわけですが、そうだからこそ逆に「私ならこう聴く、こう思う」「私はこれが面白い」とはっきり趣味を打ち出して、それぞれに「あなたの現代音楽」を作っていただいたら、コンサートがもっと楽しく、刺激的なものになるのではないかと思うんですよね。
人間ってブレている存在でしょう。いま56歳ですが、シンフォニエッタができた当初30代の半ばだったときとは価値観も楽譜の読み方も変わってきています。それまで見えなかったことがある時から見えてきたり……ということも結構あります。それに年をとるにつれて、世界がどんどん広がっていくし、好きな音楽もどんどん変化していくと思う。ですから「これは受け付けない」とシャットアウトすることなく、いろいろな音楽を聴く機会を広げていっていただけるといいなと思うんです。
僕自身は、小学生4年生くらいだったかな、ドビュッシーの《牧神の午後への前奏曲》を聴いて「あ、こういう世界があるんだな」とびっくりしていろいろ調べて……。それで6年生のときにポリーニの《ペトルーシュカ》がリリースされたんですね。それでもう完璧にハマって、自分で聴音して弾いてみたりしました。
だから、今回の公演を子どもたちにも聴いてほしい。というのは、幼稚園や小学校でコンサートをすると、現代音楽のほうが喜ばれることがあるんですよ。モーツァルトのメヌエットではポカーンとしていたのが、リゲティで食いついてきたり。今回の公演をきっかけに、「メンコンよりリゲティが弾きたい」みたいなアブナイ小学生が出てきてくれると嬉しいですね(笑)。
僕の場合は、聴くことではなく、弾くことで現代音楽に出会いましたね。僕も最初は普通に《アルハンブラ》を弾きたいなとギターを始めたわけですが、いろいろ弾けるようになったら、新しい曲の演奏を頼まれるようになった。それがきっかけで現代音楽を集中して聴くようになりました。
さきほど「クリティック」のお話が出ましたが、プログラムを組むこと自体が、作品に対するクリティックだと思うんですね。選曲というのは、他の曲ではない「この曲」を選ぶということ。これまでノマドで何百曲と演奏してきましたが、一度も演奏していない作曲家、作品はたくさんあるわけです。「選ぶ」行為自体が僕たちのクリティックだと思っています。
そして日本人として何ができるか、です。ヨーロッパからも、日本がずっと大きな影響を受けてきたアメリカからも、地理的に中間に存在する日本だからこそ、自由にできる、という部分があると思うんです。だからこそ、他の国にはない、独創的なコンサートの作り方をしたいという気持ちがあって、「ここに行けばなにか新しいものが聴ける」「おもしろいことが体験できる」と思っていただけるよう、普通のコンサートとは違う組み方をすることを心掛けています。例えば、40分ほどかかるシューベルトの《ます》の前後にウェーベルンの3分ほどの歌曲を置く。シューベルトを聴く前と後でどういう印象の変化が生まれるか、きっと何かが生まれるに違いない、という予測のもとに、プログラムを組む。そういうことを大切にしています。お客様にも「きょうはどんな発見があるだろう」と楽しみにいらしていただけると嬉しいですね。
音楽は演奏されないかぎり、消えていってしまう存在ですよね。もちろん楽譜は残るけれど、演奏されて聴く人がいない限り、その曲は死んでしまうわけで、それはすごく残念なことです。ですから、我々のミッションとして、次の時代に作品を伝えていきたい。少なくとも自分たちの感性でいいと思ったものを演奏してつなげていく。さらに次の時代に残すかどうかの判断は、次の時代の人たちがすればよい。100年後のことまでは我々はなにもできないけれど、我々の時代にできることを精一杯して、皆さんに聴いていただきたいと思っています。
佐藤さんのプロデュースと板倉プロデュース、それぞれコンセプトが違うプログラムになって楽しみです。お客様にはぜひコンセプトの違いも楽しんでいただければと思います。
そうですね、僕自身とても楽しみにしています。今回のサマーフェスティバルで初めてノマドを聴く方もいらっしゃると思いますので、いい出会いができるといいなと。
最近残念に思うのは、音楽の世界で閉じてしまっていて、音楽以外の分野の人たちとの対話がほとんどないこと。すごくもったいないなと思うんですね。きょう板倉さんとお話ししたようなことも、いろいろなジャンルの人たちと共有したい。もっといろいろな人たちが交流できる場があるといいなと思います。今回のコンサートがそのきっかけの一つになってどんどん広がっていくといいなと願っています。
※対談全文は、公演で配布するプログラムに掲載します。