フランスでは「レ・ザネ・フォル (狂乱の時代)」と呼ばれる1920年代。1929年の世界大恐慌を経て、ファシズムやナチズムが台頭し、再び大戦の時代へと向かっていく前の1920年代のヨーロッパは、美術や建築、音楽、映画等の諸芸術においてさまざまな潮流が現れた、華やかなりし時代であった。1920年代の芸術の繁栄は、終わりゆくヨーロッパ文化の最後の灯であったと言えよう。音楽だけを見てみても、ヨーロッパの中心では表現主義と新古典主義が、その周辺においては民俗音楽に基づく試みが、さらにロシア・アヴァンギャルドの動向等が挙げられ、アメリカにおいても多くの新しい可能性が開拓されている。
新作の《1920》では、1920年代に活躍した14人の作曲家(ストラヴィンスキー、ショスタコーヴィッチ、ヒンデミット、シェーンベルク、ベルク、ヴェーベルン、シュルホフ、ファリャ、レスピーギ、ヴァレーズ、プーランク、オネゲル、ワイル、アンタイル)の音楽が参照されている。さらにテューバ奏者の橋本晋哉氏との様々な思い出(例えば2003年にパリで聴いた、氏の演奏するヴォーン・ウィリアムズの《テューバ協奏曲》等)が発想となり、加えて1920年代と言えばジャズ、より正確に言えば「ヤッツ1」も登場する。ちょうどアメリカからヨーロッパにジャズが伝わるのが1920年代。ストラヴィンスキーやシュルホフは、ラグタイムやチャールストンを書き、ベルクの《ワイン》でも「ヤッツ」としてのタンゴがあらわれる。1920年代に大衆音楽が芸術音楽に果たした意義は大きく、本作品でも「ヤッツ」による、テューバと管弦楽の祝宴が繰り広げられる。
あれから100年という時が流れようとする今日において、新しい芸術の出現と交流を期待しつつ作曲を進めていった。この初演に関わるすべての皆様に、心からの感謝を申し上げたい。
[鈴木純明]
(注)1.当時ヨーロッパに輸入されたジャズは、ドイツ語圏を中心に「ヤッツ」と呼ばれ、アメリカ文化への熱狂を揶揄する言葉ともなった。