ALCOHOL
24.07.01
2030年までに新しい成長事業の確立を目指しているサントリーホールディングス 未来事業開発部。基幹事業である酒類・飲料・健康食品分野だけに留まらず、「第四の柱」となる新しい価値の創出に取り組んでいます。未来を見据え、次なる一手を模索する開拓者たちの奮闘に迫る本シリーズ。第3回は、サントリーホールディングス株式会社 未来事業開発部でオープンイノベーションを推進する大窪信一さんと、協業してプロジェクトを推進しているエシカル・スピリッツ株式会社の小野力さんの対談をお届けします。
2021年6月に新設された未来事業開発部は、コーポレートベンチャーキャピタル(CVC ※)機能を有する部署として、スタートアップ企業への出資や連携に取り組んでいます。そのひとつの事例として、2022年8月の出資を機に、サントリーとのオープンイノベーションに取り組んでいるのが、新時代のジンを生産する“蒸溜ベンチャー”であるエシカル・スピリッツ株式会社です。
※コーポレートベンチャーキャピタル(CVC):事業会社が自己資金でファンドを組成し、スタートアップ企業や新興企業に対して投資を行うこと。
大窪さん:未来事業開発部のミッションのひとつに、「オープンイノベーション推進」があります。エシカル・スピリッツのようなスタートアップ企業の先進的な試みと、サントリーがこれまで培ってきた、さまざまな業種での知見を掛け合わせることで、新しい価値を生み出していきたいというのが、今回の出資の狙いのひとつでもあります。
サントリーホールディングス株式会社未来事業開発部でオープンイノベーションを推進する大窪信一さん
小野さん:弊社は、酒粕や飲み頃を終えたお酒など未活用素材を使用したクラフトジンの生産や、再生型蒸溜所を運営している蒸溜ベンチャー企業です。2020年に創業したばかりですが、社名に冠している通り、エシカル(環境保全や社会貢献などを含む倫理的)な方法論で蒸溜酒をつくるノウハウや知見を追求し続けています。
大窪さん:エシカル・スピリッツがすごいのは、コンセプトのユニークさはもちろん、まずプロダクトとして非常に質の高いジンをつくっているところ。その大前提があってこそ、エシカルな蒸溜技術や発想力も輝いてきますよね。
エシカル・スピリッツ株式会社の小野力さん
小野さん:そうですね。エシカルな側面が特徴ではありますが、私たちは、未活用素材を使うこと=その分選べる素材の選択肢が広がるということだと思っています。
実際に豊かな香りを持っている酒粕を蒸留した『LAST ELYSIUM』は、先日の世界最大級の品評会「IWSC2024」でありがたいことに金賞を受賞することができました。単純に飲んでおいしいと感じていただいたうえで、「え、未活用素材でつくられているの?」という順序で興味を持っていただけたらと思っています。
大窪さん:エシカル・スピリッツの持続可能なものづくりへの思いや、未活用素材のhidden gem(隠れた才能や魅力)を輝かせるという思想は、自然素材のみならず人々の個性にも言えることだと思いますし、サントリーグループの思いとも共鳴します。
2023年には、サントリーワインで用いた白ぶどう「甲州」の搾りかすを使った「UNEARTH STORY #1」というジンも生まれていて、エシカル・スピリッツとの協働は、サントリーが目指す「循環型経済」の実現にも繋がっていくと肌で感じます。
「UNEARTH STORY #1」(右)と、フラッグシップ商品である「LAST」
日本のジン市場は、2022年には前年比2.3倍の200億円(当社推計。小売価格ベース ※ジンソーダ缶込み)となり、国内のジン市場はますますの盛り上がりを見せています。ふたりは、今後のジン市場はどう成長していくと感じているのでしょうか。
小野さん:昨今のジン市場の盛り上がりは、サントリーの「翠(SUI)」や「翠ジンソーダ」「ROKU〈六〉」によって牽引されていると感じています。一方、我々のような小さな蒸溜所は、都市部や地方にも増えていて、地域やストーリー性を表現しやすいジンというお酒の魅力がさらに広い層に伝わっていくとうれしいですね。
大窪さん:ジンは今まさに市場が拡大しており、私の周りでもジンを楽しむお客様が増えていると感じています。市場の拡大に伴い、多様な飲み方や、ブランドの拡大にもつながっていくのではないでしょうか。
そのなかで、サントリーだけでなく、エシカル・スピリッツのような、新しいプレーヤーが活躍されるということは、ジン市場にとっても良い未来につながると思っています。ともに、ジン市場を盛り上げていきたいですね。
小野さん:実はジンというスピリッツは、
大窪さん:ビジネスの観点で言えば、さまざまなコラボレーションを生みやすいというのもジンの自由度の高さ、ユニークなポイントかもしれません。
エシカル・スピリッツは成田空港や新宿区歌舞伎町など、企業や自治体とのコラボ商品をつくってきましたが、その背景には、未活用素材をひとつ見つけてもらえば、それを軸にして「新しいジン」をつくることができるという自由度の高さがある。
フットワーク軽く、未活用素材を見つけて、それらをクイックに質の良いジンに仕上げることは、サントリーとは異なるアプローチのジンづくりと言えるかもしれません。
小野さん:たしかに、弊社では椎茸やみりんなど、新しい素材を組み合わせた実験的なスピリッツ「ENIGMA」を毎月1本蒸溜して、会員の方にお届けするというサブスクリプションサービスも行っています。この4年間で70種類以上の「新しいジン」を生み出しており、そういう遊び心や商品開発のスピード感は、エシカル・スピリッツの強みでもあるのかなと思います。
エシカル・スピリッツが手がける「東京リバーサイド蒸溜所」(東京都台東区蔵前)。1Fではジンの購入とテイクアウト、2Fではジンとのペアリングが楽しめるバー&ダイニングを展開
サントリーとエシカル・スピリッツのパートナーシップはまだまだ始まったばかり。出資する側/される側という関係に留まらず、お互いに価値を提供し合える良い関係性が生まれているとふたりは語ります。
大窪さん:エシカル・スピリッツへの出資が決まったとき、サントリーのスピリッツ事業の担当者から「ぜひ蒸溜所を見学させてほしい」と問い合わせがきたり、「サステナビリティやエシカルなものづくりについての勉強会を開いてほしい」という依頼がきたり、社内の反響はとても大きかったですね。
小野さん:とはいえ、サントリーの既存事業とも重なる領域にあるエシカル・スピリッツへの出資というのは、サントリーとしては大きな決断だったのかなと思います。本当にありがたい反面、相当懐の深い企業なんだなと驚きもしたのですが……。
大窪さん:もちろんいろいろな意見はありましたが、そういうときに僕は「未来の市場を一緒につくってくれる仲間がほしいんです」という話を常にしていました。
個人的には、サントリーは世にまだ存在しない市場をつくるとき、同じチャレンジをしているプレーヤーと切磋琢磨しながら成長してきた会社、という思いがあって。今回のエシカル・スピリッツへの出資にもそういった思いが働いている気がしています。
小野さん:エシカル・スピリッツとしては、もちろん出資以外の部分でもサントリーから大きな恩恵を受けています。実は今、サントリーでキャリアを築いてきた百戦錬磨の営業担当者にも出向いただいていて、弊社の成長におけるキーパーソンと言えるほど大変尽力いただいています。市場をつくってきたリーディングカンパニーの考え方から学ぶことは多いですね。
大窪さん:サントリーからエシカル・スピリッツに出向中の方は、弊社の知見やノウハウをお伝えできるベストな人材としての抜擢でしたが、彼もまた「パッションに溢れた若い人たちから貰えるエネルギーはものすごい」とキラキラした目で語っていたのが印象的です。
小野さん:業界の中でどういうポジションを築いて、どうやってマーケットに訴求していくかという戦略性は我々に足りない部分でもあったので、そこを経験値で補ってくれる方が参加してくださることで、本当に社内の雰囲気も一気に変わりました。
大窪さん:エシカル・スピリッツに限らず、こういったパートナーシップの在り方をどう表現したらいいんだろうとずっと考えていて……「お互い切磋琢磨しながら、未来のフィールドでともに戦う」って言葉が近いのかなと思います。今後も、切磋琢磨し、ときに支え合いながら、世界に新しい価値を提供していきたいですね。
サントリーホールディングス株式会社 未来事業開発部
大窪信一┃おおくぼ・しんいち
1984年生まれ、宮崎県出身。京都大学農学部食品生物科学科を卒業後、2009年にサントリーに入社。スピリッツ事業部やグローバル事業推進部等を経て、現在は未来事業開発部で部の運営や予算管理のほか、出資担当としてプロジェクトの企画運営に携わる。エシカル・スピリッツ株式会社への出資などを担当。
エシカル・スピリッツ株式会社 代表取締役CEO
小野力┃おの・ちから
1994年生まれ、東京都出身。University College London 心理学部を卒業後、デロイトトーマツコンサルティングに入社し、コンサルティング業務に従事。その後、ロンドンでのFuzed Innovations社の共同創業や、dotD, inc.のManaging Director職を経て、現在は、エシカル・スピリッツ株式会社CEOとして事業を展開。