閉じる

カテゴリーからレシピをみる

季節

閉じる

箸やすめコラム

料理が面倒な日のわたしと、癒しの金麦時間 
~料理家・川上ミホの場合~

料理が面倒な日のわたしと、癒しの金麦時間
~料理家・川上ミホの場合~

毎日家事や育児、仕事に追われていても、金麦とおいしいものがあればちょっと幸せになれて、また明日も頑張れる。そんな「金麦時間」で得られる癒しについて、料理家が語るエッセイ。
今回語っていただくのは、そのライフスタイルにも注目が集まる料理家・川上ミホさん。

2022年03月28日

漬物の端っこをかじりながら料理が好きになった

私は生まれた時から食いしん坊だったわけではなく、むしろ少食な方だった。料理上手な母は、なんとか栄養をつけさせようとあれこれ工夫をし、冷蔵庫にある普通の食材や保存していた乾物なんかをうまく使って、時々とんでもない傑作と独創的な一皿を創り出した。母が栄養に傾きすぎると、「食べものは楽しくないと栄養にならない」と父がたしなめた。

実家は埼玉の熊谷というほどほどの田畑に囲まれた自然の残る町で、物心ついた頃からおなかが空くと近くの祖父母の畑から野菜をちょっと失敬することは日常茶飯事。冬になると保存のために植えっぱなしになっていたネギを引っこ抜いてきて、ストーブや焚き火で焼いて食べるなんてことも(真っ黒になるまで焼いてから焦げた皮を剥がすと中はとろりと甘くなっている。そこに醤油をたらりと垂らすとたまらなくおいしいのだ)。

「漬物の端っこをかじりながら料理が好きになった」のイメージ

やがて小学生になり台所に興味を持った私は、少食も何処へやら。母の料理は手伝わずもしょっちゅう足元にいて、ドレッシングを和えた後のボウルをペロリとなめたり、漬物の端っこをかじったりしていたらしい。とにかくつまみ食いが大好きで、「これ、なあに?」を連呼してはもぐもぐ口を動かしていた。

だからなのか、いろいろ回り道した末に私が食の道に進んだ時、家族はそろって「あぁやっぱり」という顔をした。三つ子の魂なんとやら。

いつしか私も母になり、夫と娘と自分のための小さな食卓をつくる立場になったけれど、私は今でも何をするでもなく台所にいることが好きで、そして子どもの頃から変わらず漬物を愛している。

「大根かじるだけで済ませたい……」
そんな日には簡単だけど断然おいしいアヒージョを

「「大根かじるだけで済ませたい……」そんな日には簡単だけど断然おいしいアヒージョを」のイメージ

とはいえ、時々料理が面倒になることだってある。
だって、毎日ちょっと早く起きて朝ごはん作って、お弁当も用意して、幼稚園に送り出して、掃除して洗濯して、メールチェックして、リモートミーティングをしていたらもうお迎えの時間で、慌てて家を出て、友だちと遊ぶのが楽しくてなかなか帰ろうとしない娘をなんとか車に乗せて、「お買い物に寄るのやだー」って言われて仕方なくそのまま帰ってきて。「もう今日は大根かじるだけで済ませたい」と思うことがある。

うちは二拠点生活で週のうち半分はワンオペだし、寝かしつけてから資料作成や試作やらをやっているので、金曜日の夕方あたりには43歳ママの体力は限界間近。

「大根かじるだけで……」モードになったら、冷蔵庫やストックを確認して、ありあわせで「大盛りの何か」を作ってしまう。私は、おかずとしてつくったものを自分のおつまみにしている。そのほうが別々につくるより当然ラクで、しかもみんなで同じものを食べられることがうれしい。

例えば、「大盛りの何か」を娘はごはんに乗っけて食べ、私と夫は取り分けたところに好みのスパイスやちょっと調味料を足してつまむ。そうして「大根をかじるくらい簡単で、でも断然おいしい料理」の数々が誕生した。

今回ご紹介する「大盛りの何か」は「いつでもアヒージョ」。
意味は、家にあるものだけでいつでもおいしいアヒージョができるから。アヒージョはラクでおいしい料理の味方である。ありがとうアヒージョ。

イメージ

作り方は簡単で、オリーブオイルとニンニクとその時に家にある食材を弱火で煮るだけ。食材は1つでもいいし、2つ3つあるとごちそうになる。例えば今日は長ネギ。冷蔵庫にしらす干しとちょっとたくあんが残っていたから、それも入れよう。

イメージ

長ネギは、半分は3~4cmの長さに切って、先に焼き色をつける。そこに残りのネギを刻んで加え、しらす干しと細切りにしたたくあんを足す。ニンニクを忍ばせたらオリーブオイルをドバッとかけて弱火でじわじわ。時々、鍋肌についたネギが焦げていないかチェックしながら5~10分じっくり加熱。長く切ったネギを箸でちょっと押して、ぴょっと出てきた中身がとろりとしていたら完成。

基本的にはしらす干しとたくあんの塩気のみで。足りなければ少しだけ塩をふる。

イメージ

この間は長芋と海苔の組み合わせだったし、ゆで卵とかタコなら時間も手間ももっと短縮できる。今の季節ならホタルイカとか最高かも。

レストラン勤務時代は凝った料理も苦にならなかったし、独立したての頃はあれこれ工夫を凝らしたレシピも作った。けれど、こどもが生まれてから大切にしたいことの優先順位が変わって、手に入りやすい旬の食材をシンプルに料理することが増えた。誰かに見られることや評価されることを気にせず自然体で料理できるようになったら、断然笑顔が増えた。

余裕のない心も、金麦の香りが心をやわやわにほぐしてくれる

「余裕のない心も、金麦の香りが心をやわやわにほぐしてくれる」のイメージ

私の晩酌時間の定番は「金麦」。金麦は香りがいい。季節に合わせて味わいを変えているそうだけど、季節によって香りも変化があって、「春の味の金麦」は少しかろやかでちょっと踊り出しそう。グラスに満たされた豊かな香りは、忙しい日常の中でも、心をやさしく解きほぐしてくつろいだ気持ちにしてくれる。ギュッと凝り固まった眉間のシワも、力が入りすぎた首まわりも、フワーッと余計な力が抜けてやわやわにほぐれてゆく。

すると、さっきまで時間に追われて少し余裕のなかった自分に気づく。娘に「コラー!!こんなところに落書きするなー!」なんて、ちょっと言い過ぎちゃったかも。「さっきはママ怒りすぎた、ごめん」と謝ると、「いいよー!」って。……こりゃ全然反省してないぞ(笑)。

家族で食卓を囲んで、いろんな話をする。娘が今日誰と一緒にお弁当を食べたとか、砂利道で転んだとか、何か見つけたとか。私と夫も仕事のこと、お店で出会ったステキな人のこと、どこか行きたいとかやりたいと思っているもののこと。大切なこと、どうでもいいこと。なんでも。

イメージ

仕事柄、たくさんのグラスが自宅にある。だから、金麦をワイングラスで飲むことも。おうちでも外に飲みに行った時のような気分を味わえるのでおすすめだ。

ちなみに、最近は娘が乾杯につきあってくれる。もちろんノンアルコール。薄めたほうじ茶をシェイクして泡立てた、娘特製の金麦風のやつ。なんてかわいいんだ。なんてかわいいんだー(ほろ酔い)。

みんなの笑顔とはずんだ声を、金麦時間がやさしく包んでくれる。毎日、家事に仕事に子育てにと忙しいけど、こんなひと時が教えてくれる。家族と食卓を囲む時間が、何ものにも代えがたい幸せであるのだと。

私は今夜も家族と自分のために、シンプルだけどおいしくて楽しい食卓をつくる。そこに金麦がいてくれれば最高。

今日も一日がんばった。よく食べよく飲みよく笑い、なんてことない日常に感謝しながらぐっすりと眠ろう。

川上ミホ

川上ミホMIHO KAWAKAMI

料理家、フード・ディレクター。食のスペシャリストとして、TVやCM、雑誌などのメディアを中心に活動している。1児の母。2020年より東京と軽井沢の二拠点生活をスタート。

https://www.instagram.com/miho.kawakami.5/