バーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえるバーボンウイスキー・エッセイ アメリカの歌が聴こえる

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カクテル「マンハッタン」

しかしながらそれよりも、ウイスキーとベルモットのミックスはもう少し前、19世紀半ば過ぎには存在していたのではないか、との想いが強い。

1850年頃、イタリアの酒類メーカーが自社のスイートベルモットの売り上げを伸ばすためにカクテル「Gin & It」をPRした。これがカクテルの女王と呼ばれる「マンハッタン」やカクテルの王「マティーニ」の母といえるだろう。

ちなみにItはイタリアの国名のスペル、アタマ2文字を取ったもの。

ベルモットは白ワインにニガヨモギをはじめとしたハーブやスパイス類を浸漬したフレーバードワイン。スイートベルモットはその名の通り甘口で、色は赤い。イタリアンベルモットとも呼ばれる。つまりジンをライウイスキーに代えたもの、Rye & Itともいえるものが「マンハッタン」である。

一方、それより遅れて誕生したのが辛口のドライベルモットで、これが現在の「マティーニ」に使われる色白のフレンチベルモットとも呼ばれるものだ。

つまり「ジン&イット」のPRとともに19世紀半ば過ぎのアメリカにスイートベルモットが輸入され、すぐに「ライ&イット」が生まれたとしても不思議ではない、ということだ。


 

「マンハッタン」誕生説をもうひとつ紹介しよう。

1846年、メリーランド州。傷ついたガンマンがバーに入ってきた。バーテンダーは気つけとしてライウイスキー、シュガーシロップ、ビターズをミックスして飲ませた。やがてそのレシピがニューヨークに伝わり、シュガーシロップがアメリカに入ったばかりのスイートベルモットに代わり、「ジン&イット」のウイスキー版となる。いつしかニューヨークの中心である島の名「マンハッタン」で呼ばれるようになったというものだ。

まだこちらのほうが素直に受け入れやすい。ただしこちらもアメリカ東部独立13州のひとつメリーランド州で、この時代に登場するのがガンマンというのが胡散臭い。南北戦争前とはいえ、なんだか西部劇の世界だ。

とはいってもアメリカは1920年〜1933年まで禁酒法というものがあった。この間に酒類に関する膨大な文献資料が失われているらしい。一族に酒類製造や販売に携わった者がいることを恥じて焼却してしまった、といった話もあるほどだ。そのため20世紀初頭以前の酒類に関する明確な史実を突き止めるのは困難となっている。禁酒法を恨むしかない。

ただ、誕生説がどうのこうのというのは野暮でもある。美味しければいいのだ。19世紀からいまだ愛されつづけ、世界的に飲まれていることは、このレシピ、味わいが優れているからにほかならない。それだけで素晴らしいことだ。

カクテル名の響もいい。「マンハッタン」。躍動しつづける世界都市のビートが刻み込まれているようでもある。エンパイアステートビルがマンハッタン島の象徴のように、このカクテルも摩天楼の街を象徴しているかのようだ。

とくに「ベイゼルヘイデン」ベースで味わうと、軽快さのなかにどこか哀愁が漂う。世界中から人々が集い繰り広げる悲喜劇がグラスに映り込んでいる。

(第59回了)

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