スタンダードカクテルとして長く愛されつづけている、カクテルの女王と謳われる「マンハッタン」の話をしよう。
ライウイスキーもしくはバーボンウイスキーをベースに、スイートベルモットの独特の甘み、そしてアロマティックビターズを微量という材料をミキシンググラスでステアしてつくりあげる。好みのカクテルのひとつであり、そのときの気分によってベースウイスキーを変えて楽しんでもいる。
たとえばクラフトバーボンならばベースを「ノブクリーク」「ベイゼルヘイデン」。本格ライウイスキーならば「ノブクリークライ」がいい。このなかで軽快なタッチを味わいたいときは「ベイゼルヘイデン」を選ぶ。アルコール度数が40%とクラフトシリーズのなかでも低く、バーボンながら原料のライ麦比率が高い。すっきりとしたスパイシーな感覚があり、スイートベルモットと出会うと軽やかな甘みのなかからしなやかにハーブ的なスパイシーさが浮遊してくる。
摩天楼の街マンハッタンの、華やかに躍動する夜を想起させる味わいだ。
カクテル「マンハッタン」の誕生説はさまざまにあるようだが、わたしはどの説もピンとこない。信憑性に欠けるのだ。
よく語られているのが第二次世界大戦中、そして戦争終結6年後の2度にわたり英国首相の座に就いたあのウィンストン・チャーチル(1874−1965)の母がカクテル「マンハッタン」を創案したというもの。
チャーチルの母、ジャネット・ジェローム(通称ジェニー/1854—1921)はアメリカ人。銀行家でアメリカン・ジョッキー・クラブの創立者レナード・ウォールター・ジェロームの娘で、ニューヨーク社交界の花だった。1876年の第19代大統領選のとき、応援候補者、民主党のサミュエル・ジェームズ・ティルデン(共和党ラザフォード・ヘイズに1票差で敗れる)のパーティーをマンハッタン・クラブで催し、そこでジェニー・ジェロームが皆にカクテルをふるまう。そのカクテルが「マンハッタン」と命名された、とされている。
わたしがこの説に懐疑的な理由を述べよう。
まず1876年のアメリカ大統領選の応援。ジェニーは2年前の1874年にイギリスの政治家、ランドルフ・スペンサー=チャーチル卿と結婚し、レディ・ランドルフと呼ばれる立場にあった。この時差はなんだろう。大統領選の最中にアメリカに帰国していたとしても、旧姓の名で語られているのは解せない。