アメリカ生まれのウイスキーベースの代表的なカクテルでわたしが好んで飲むのは「マンハッタン」「ミントジュレップ」のふたつである。とくに「ミントジュレップ」のレシピには他国で生まれた酒を含まない潔さがある。バーボンウイスキー、水またはソーダ、ミントの葉、シュガーというシンプルな組み合わせのアメリカ生粋のカクテルといえよう。
ただしアメリカンウイスキーベースのカクテルを語る上で忘れてはいけないものがもうひとつある。それは「オールドファッションド」(Old-Fashioned)だ。ドーナッツではない。カクテルの名である。ときにわたしはこれをベイゼル ヘイデンで楽しんでみたりする。
このカクテルはバーボンの故郷ケンタッキーのルイビルで誕生したとされている。19世紀半ば過ぎのことらしいのだが、ペンデニス・クラブのバーテンダーが競馬ファン(ケンタッキーと競馬については連載第3回「ブルーグラス・ステート」を参照のこと)の客のためにつくったという。
レシピはオールドファッションド・グラス(ロックグラスのこと/現在のタンブラーの原形とされる古いタイプであるため、こう呼ばれてもいる)に角砂糖を入れ、ビターズを振りかけてしみ込ませる。氷をグラスに入れたらライウイスキーもしくはバーボンウイスキーを注ぎ入れる。最後にスライスしたオレンジ、レモン、ライムなどを好みで飾り、マドラーを添える。
カクテル名は時代遅れ。古くからイギリスで飲まれていたスコッチウイスキーに砂糖を加えて水または熱湯で割る「ウイスキー・トディー(toddy)」のレシピに似ていることから昔懐かしい感覚で命名したらしい。
この古くさいとされる一杯を、アメリカンウイスキーの古典であるライをたくさん使ったビーム家心意気のベイゼルで味わうのも粋ではなかろうか、とわたしは思うのだ。まあ、ライ麦パンにしても洗練された感覚はなく、無骨で昔気質のパンという感じだ。ライ麦というのはウイスキーに限らず、なんだか全体的に古典的なイメージのような気がする。
では味わってみていただきたい。メーカーズマークといった甘くコクのあるバーボンを使った「オールドファッションド」とは違い、ベイゼルの場合はサラッと軽快な感覚に仕上がる。好みは人それぞれあるだろうが、つくり手の心意気を感じながら飲む時間も格別なものだ。
何よりも楽しい。自分で味わいを変えられる。添えられたマドラーで柑橘類の果肉を順に押さえてみる。ひとつ押し込んでは飲み、次のスライスを押さえてはまた飲む。順繰りにやって味わいの変化を楽しんでいただきたい。これもアメリカを象徴する味わいのひとつである。
(第21回了)