さて、今回はジムビーム ブラックのストレートをロックグラスで味わいながらお読みいただきたい。ハードボイルドの世界は熟成感あふれるバーボンウイスキーがよく似合う。しかもショットグラスではなく、あえて大ぶりのグラスを手にしながら立ちのぼる香りを浴びながら飲むほうが粋だ。では、はじまり。
パルプ雑誌(Pulp Magazine)という粗悪なパルプ紙に印刷された、廉価な通俗読物雑誌が流行したことがあった。1920〜30年代のアメリカでのこと。
けばけばしい色刷りの表紙を開いて中を覗くと、挿絵入りの物語が10本前後収録されていた。定価は10〜20セントくらい。内容は冒険、戦記、ミステリー、ロマンスなど雑多といえる。とくに不況が吹き荒れた30年代には紙の供給の困難さも手伝い、200近いパルプ雑誌が氾濫し、黄金時代を築き上げた。
後になってパルプ雑誌出身の作家のひとりフランク・グルーパーがこの時代を“パルプ・ジャングル”と呼んでいる。ジャングルでは、人気にならない限りは1ワード1セントの安い原稿料にもかかわらず、名を成そうと必死に書きつづけるパルプ・マガジン・ライターがひしめき合い、バトルを繰り広げた。
なかでも探偵ヒーロー、サム・スペードを生んだ作家ダシール・ハメットの小説のほとんどを発表していた『ブラック・マスク』は1920年創刊という初期の立ち上げであり、業界を興隆に導いた雄として君臨し、ハードボイルド推理小説ブームをつくり出した。作家たちはこぞってこの雑誌へ投稿して、ハメットのような名声と富を手に入れようとした。
ハメットの登場はハードボイルド小説の歴史のはじまりそのものといえる。彼の創造したコンチネンタル・オプという私立探偵社の調査員は1923年にデビュー。「銀色の目のオンナ」(24年)、「カウフィグナル島の略奪」(25年)など数多くの中・短編で活躍する。「血の報酬」の後、1927年にはじまった「血の収穫」でハードボイルドのヒーロー像を明確にした。
そして1930年、私立探偵サム・スペードを登場させることによってハメットの地位はゆるぎないものとなった。彼の後を追い、フィリップ・マーロウという人気ヒーローを生みだしたレイモンド・チャンドラーは、ハメットはただ死体をつくるのではなく、理由をしっかりと描き、登場人物を実際の姿のように紙に書き写し、いつも使っている言葉でしゃべらせた、と敬意を表している。