We'll tak a cup o' kindness yet,
For auld lang syne!
われら友情の酒、酌み交わさん、
いざ、遠き昔のために。
"Auld Lang Syne" Robert Burns
スコッチ・ウイスキーについて少しでも学んだことのある者は、彼と同じ思いにとらわれる。すなわち<バランタイン17年>に、スコットランドの風景やスコットランド人の苦闘の歴史、そしてウイスキーの気高い物語が、いかに凝縮されているかということに気づくのだ。
準備は簡単だし、きちんと手順を踏めば、楽しい一夜になることは請け合いだ。まずウイスキーの色を引き立てるため、白いテーブルクロスを広げよう。口をゆすぐための水と、舌を綺麗にするための固くてザラザラしたパンも用意しよう。無塩クラッカーでもいいが、パンのほうがずっと効果的だ。
ウイスキーの割り水として、炭酸を含まない天然水、できればスコットランド産のものを準備しよう。ときに熱心が過ぎて、ゲスト一人ひとりに唾吐き用のコップやバケツまで用意する人もいるが、そこまでしなくてもいい。多くの人は極上のウイスキーを吐き捨てるなんてバカげていると思っているものだ。
「良質のスコッチを味わうにはいろいろと決まりがある」とロバートは言う。
「迷信めいたものもあるし、経験に基づいたものもある」
われらがマスターブレンダーの助言は、<バランタイン17年>の秘められた深さを探究し、じっくりと鑑賞するのに役立つだろう。彼はより詳しく説明するためにソファから立ち上がり、テイスティング・ルームに並ぶたくさんのカップボードのひとつを開いた。
「まず第1に必要なのは……」と、彼は細長いチューリップ型グラスを取り出しながら説明する。
「シェリー・コピタに似た、底が大きくて、ネックにかけて徐々に細くなるタイプのグラスだね。鼻を突っ込み、芳香成分を吸い込みやすいかどうか試してみよう」と彼は付け加え、自ら鼻を突っ込んで嗅いでみせた。
「ちょうど具合のいいものにぶつかるまで、いろいろなグラスで試してみることだ。スコットランドのアザミの花の形のグラスを好む人もいれば、口のすぼんだワイングラスを好む人もいる」
ロバート自身は31年間、同じグラスを使っていることを茶目っ気たっぷりに白状した。そして「ウイスキーはたっぷり注ぐこと」と言いながら、愛用のグラスにおかわりの<バランタイン17年>を注いでくれた。
「グラスの側面が十分ウイスキーの膜で覆われるよう、グラスをテーブル上で滑らせて回してから、まず光にかざして、色と透明度を見る。それから匂いを嗅ぐ。ゆっくりと、あまり深く吸い込みすぎないようにね」
彼の指示に従い、心地よいアロマの層を次々と吸い込んでいくと、かすかに濡れた松葉の匂いや、ヒースの花、わずかに木の燃えさしの匂いがしてきた。
「次は水だ。ウイスキーと等量の水をグラスに加え、もう一度グラスを回して、匂いを嗅ぐ。今度は水によってブーケが舞い上がるので、前と違った匂いがするはずだ」
するとアロマに、初めは気づかなかった深みと強さが現れ、まだまだ隠された層が出てきそうな予感がした。
ウイスキーのテイスティングに関する用語を統一しようという試みは昔からあった。ワインの用語ほど想像力に富んではいないが、ウイスキー随筆家のなかには、何杯かやっただけで急に詩人になってしまう人もいる。そうした香りの言葉には、ヒース、スモーキー、ピート、蜂蜜、シェリー、ヴァニラ、オーク、潮などがある。
ウイスキーのテイスティング・ノートは、テイスターがウイスキーを検査する順番に従って記録していく習わしだ。最初は色、次にテイスターが鼻で嗅ぎ取ったアロマを示す“ノーズ”、“ボディー(こく)”の強さの記述、舌で感じる味を表現した“パレート”、そして最後に“フィニッシュ”、いわゆるアフターテイストである。テイスティングは以上のような項目で形式化され、用語の統一が図られてきた。
「人間の味覚の記憶の大半は10歳までに形成される。私の場合、<バランタイン17年>は子供のころ、果樹園で嗅いだ新鮮な赤いリンゴを思い出させる。また、かすかにスパイシーな香りは、学校帰りに食べた菓子を思い出させる」
「コツはグラスを取ってどんな香りかを考え、それからその考えを頭から追い出すことだ。もう一度グラスを取ると今度はどこか違う、もっと奥の香りの層が嗅ぎ取れるはずだ。そうやって、次々に奥へと進み、ついにそのウイスキーの核心に到達する。それはとても楽しい作業さ」
マスターブレンダーは味より香りを頼りにすることが多い。水を加えることで、ウイスキーからは100種、いや、おそらくは1000種ものアロマが立ちのぼるはずだが、舌からはおよそ4種類の情報しか得ることができないからだ。
<バランタイン17年>に含まれる約40種のモルトとグレーンを比較することは「オーケストラの演奏に耳を傾けるようなものだ」とロバートは言う。
「たとえば、10人編成のオーケストラなら、曲を聞きながら個々の楽器を容易に聞き分けることができる。でも100人編成のオーケストラだと、聞こえてくるのは曲だけだ。個々の楽器を聞き分けようとしたら、まさに耳をそばだて、精神を集中しなければならない」と彼は説明する。
「オーケストラに関してはっきり言えることは、楽器が多すぎる場合があるということだ。モルトとグレーンにしても、正しい数だけブレンドしてこそ、心地よいバランスと上品さを得ることができる」
幾層にも重なったアロマから多くの情報が得られるが、口当たりがどうかということも、また重要である。
「<バランタイン17年>を舌にのせると、やわらかく、まろやかなものを感じるだろう」とロバートは言う。
「ごく少量を口に含み、舌の上で転がし、口の中で蒸発させるようにするんだ。また、手のひらでグラスを温めると、風味がよく立ちのぼる。反対にテイスティングのときに氷を入れると、芳香がかき消されてしまう」
「ウイスキーは甘みと辛みを同時にそなえている。舌の側面では辛さを、奥では甘さを感じるんだ。非常に個人差があるものだが、私が<17年>をサンプリングするときは、舌の後ろのほうでかすかなピートのタッチと、黄色いハリエニシダの花の味わいを感じる」と彼は言う。
「ウイスキーを味わうときは、口に膜をつくらないもので口をゆすげるようにしておくといい。乾いて、パリパリしているものなら、どんなフレーバーのついたものでもいい。不思議なことに<17年>は後味が長く残るが、そのあと食べたものの味を悪くするということがない」
「<17年>は光にかざすと、澄んだ金色をしている。ノーズはオーク香と甘みがあり、馥郁として豊か。パレートには、蜂蜜とピートのタッチとともに、複雑な厚みのあるものが響き渡ってくる。フィニッシュは長く、ヴァニラを思わせる甘い香りとともに、スモーキーフレーバーが軽やかにたゆたい、最後までごくかすかな潮味が感じられる」
「ほとんど完璧だ」とロバートは結んだ。彼に“完璧”とまで言わしめたのは、彼の意思ではなく、彼が連なる歴代マスターブレンダーの集合意識であるかのように思われた。
他に読者にとって有効なのは、<バランタイン17年>の芳香のなかに、これまでに嗅いだことのある個人的な匂いの記憶を呼び覚ますことかもしれない。フレーバーの層を次々に剥ぎ取って、<17年>の豊かな繊細さを探るだけでなく、スコットランドの自然や歴史や伝統のように、自分自身の記憶の香り、思い出の香りを見つけてみることだ。
<バランタイン17年>は、時間や空間の隔たりを消してしまう円満の極致に達している。飲むたびに個人的な思い出を呼び覚まし、新たな経験へと導いてくれる不思議な力にあふれている。ここにこそ、<バランタイン17年>の魔法があり、まさに、スコッチの洗練の極み、つまりは“ザ・スコッチ”の真価が存在するのである。