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But keek thro' ev'ry other man,
Wi' sharpen'd, sly inspection
けれどもすべての人を探りなさい、
鋭い、おちゃめな観察で。
"EpistlE to a Young Friend" Robert Burns
あとは旅の最後の仕上げ――すなわち、モルトウイスキーとグレーンウイスキーをブレンドして <バランタイン17年>を生み出すという高度な技術の場への出番を待ちながら、何百ポンドもの価値のある蒸溜酒を大切に貯蔵するばかりである。
マスターブレンダーのロバート・ヒックスが鍛え抜かれたその鼻で検査する日まで、ウイスキーを静かに寝かせておくことが大切だ。
<バランタイン17年>になる貴重なウイスキー原酒を守るのは責任重大である。バランタイン社の貯蔵庫は、ダンバートンのクライド川を見下ろすダンバックにあり、最新式の電子警報装置、24時間体制のガードマン、そして紀元前390年にさかのぼる歴史をもつ防衛線に守られている。
なかでも、獰猛な白ガチョウの群れで編成されたバランタイン社の有名なギャーギャー軍団“スコッチ・ウォッチ Scotch Watch”は、国際的なテレビ番組のドキュメンタリーや雑誌でも紹介され、それどころかレコードのジャケットにまで引っぱり出されて、世界的な人気者になったと言っていいだろう。
ガチョウの警備能力はローマ時代から知られていた。
最も有名なエピソードはその昔、敵のガリア兵が首都の要塞で眠るローマ軍に音もなく接近したときのことである。先頭を行くガリア兵がまさに砦に手をかけようとしたとき、ローマ人が聖鳥として飼っていたガチョウが鳴き出し、襲撃が迫っていることを飼い主に知らせたのである。
1950年代末、ダンバックの保安設備を設計する際、この伝説が話題に上った。たまたま、この14エーカー(約5万6700平方メートル)の新工場の土木技師だったロナルド・カウアン Ronald Cowan 元陸軍准将が、無類の鳥好きだったのだ。彼は当時のバランタイン社社長トム・スコットに、ガチョウは耳も目もいいから泥棒よけの補助対策として理想的だし、番犬より餌代が安くてすむと提案した。
まもなくバランタイン社の社員たちは、重役たちが大真面目な顔で生きたガチョウの入った段ボール箱を持ってダンバック工場の門をくぐるという、珍妙な光景を目にすることになる。
今やすっかり有名になったスコッチ・ウォッチ発足当時の群れは、貯蔵庫を囲む芝生で草をはみ、池を泳いだりしながら、パトロールを続けてきた。芝生が枯れる冬には穀物を補助飼料として与えられたから、待遇は申し分ないものと言えるだろう。以来、ダンバックの貯蔵庫のまわりの芝生はガチョウたちによって、いつも綺麗に刈り込まれた状態になっている。
さらには、西スコットランド農業大学が、ガチョウの数を維持するための繁殖計画を担当している。スコッチ・ウォッチには、“軍団”専用の母親教室も設けられているのだ。
「最初のころは、いろいろと問題があった」と飼育担当のアーサー・キャロル Arthur Carroll は言う。
「雌のガチョウは見張りとしては役に立ったが、ふつうのガチョウと違って、卵を抱いたり、雛を育てることに熱心ではなかった。しばらくは、雌のニワトリを連れてきて、代わりに卵を温めさせたんだ。ニワトリは代理の母鳥役を立派に果たしたものだよ」
その際にアレックスは「ガチョウの寿命は60年ぐらいだから、この仕事を始めたときからの顔なじみのガチョウも多くてねえ……」と感慨深げに語っている。
「奴らの羽に叩かれたり、殴られたりしたこともあったが、これからは本当に寂しくなるよ」
群れは白色シナガチョウと、数羽のローマガチョウで構成されている。ローマガチョウは気取った歩き方が特徴だ。どちらの品種も、その警番能力はよく知られている。
「現在、群れの数は70羽だ」とアーサーは言う。
「過去5年間で40羽以上を盗人キツネに奪われたので、群れの数を殖やそうと努めている。罠を仕掛けたり、寝 ずの番をしたりしているが、それでも忍び込まれてしまうんだ」
「英国で最も警備のしっかりした場所だと思うのだが、いつも、ほんのわずかな隙間から入り込んでくる。すごいもんさ。真っ昼間に敷地内を走り抜けるのを見たこともある。キツネを殺すことは禁じられているから、地元の役所が指定した籠式の罠を使うんだが、今のところ、この罠にかかった最大の獲物はハリネズミさ」
「ガチョウたちはずっと長い間、ここで<バランタイン17年>をはじめとするバランタイン社の製品を守ってきたので、季節ごとに移動するという行動は忘れてしまったようだ。でも、群れにははっきり序列があって、何羽かのガチョウは徹底してボス風を吹かせているよ」
アーサーの一日はダンバックの貯蔵庫前の芝生に旗を立てることから始まる。ガチョウたちは青草を食べ、怪しい人物はいないかと注意深く気を配りながら、そんな彼を見守っている。白色シナガチョウは農業用の益鳥としても知られ、アメリカの南部諸州では“ウィーダー・グース(草取りガチョウ)”と呼ばれて、タバコ畑で苗の列のあいだに生えた雑草の除去に使われている。
アーサーはウイスキーの製造工程から出た不用な穀物をガチョウたちに与える。雛がかえっていないかどうか、産み落とされたばかりの巣箱の卵や、彼の事務所にある人工孵化器を見て回るあいだ、ずっとガチョウたちがアーサーのあとをついて回る。
「彼らは餌の時間をよくわかっているんだ」とアーサーは言う。
「年を取ったのは35歳ぐらいで、それぞれにはっきりとした個性がある。短気なのもいれば、気位の高いのも、愛想がいいのもいる。でも、知らない人間が近づくと、驚くほど大きな声で鳴くし、相手が誰だろうと勇敢に向かっていく」
前述したように、バランタイン社のスコッチ・ウォッチは世界的に有名になり、野生動物のドキュメンタリーを撮影するテレビのロケ隊、観光客、ジャーナリストがひっきりなしに訪ねてくる。最近、話題になったのは、英国のロックバンドのアルバムのジャケットに使われたことだ。
ガチョウたちの原種は“サカツラガン”と呼ばれ、今でもアジアに野生している。大きな湖や河川の沿岸に生息し、冬になると海岸やエスチュアリ(河口の潟)に移動する。ガチョウはこのサカツラガンが2000~3000年前に馴化され、世界中に広まったものである。
野生のサカツラガンは4~5月に営巣する。しかし、ダンバックにいるような家禽化された品種は、紙屑を並べて断熱した巣箱を使う。一度に5~8個の白い卵を産み、母鳥が温める一方、雄は周辺で見張りをする。成鳥になると獰猛になるが、羽が生えたばかりの茶色い雛は、危険にさらされるとじっと静止して身を隠す。水上にいるときは潜水して身を守る。
イソップ Aesop も“黄金の卵”のおとぎ話を書いた多くの寓話作家のうちのひとりだ。最大の卵は、オシリスの父セブの産んだ太陽だった。なぜ雄のガチョウが卵を産むかについては、イソップも触れていない。この偉大な寓話作家は、細かいことにこだわって優れた物語を台なしにすることはしなかった。
エジプトの“黄金の卵”伝説でも、雄のガチョウが卵を産む。一方、インドの神話では、生命の神ブラフマンはガチョウに乗った姿で描かれている。
ギリシア版の“黄金の卵”伝説の寓意は、何でも黄金に変える力のあるガチョウを飼っていた欲深い男が、1日1個の卵ではじれったくて、腹の中の卵を一気に手に入れようとして大事なガチョウを殺してしまい、すべてを失ってしまうというものだ。
英国では9月29日のキリスト教の祭日“ミカエル祭 Michaelmas”にガチョウを食べるが、この習慣の起源はわからないほど古い。民間伝承によれば、英国海軍がスペインの無敵艦隊を打ち破った記念とも、小作人が地主のご機嫌伺いとして、ミカエル祭に肥育したガチョウを贈った故事にちなむものともいう。
さらに古い言い伝えによれば、トゥール司教でフランスの守護聖人とされている聖マルティヌス St Martin が、あるとき1匹のガチョウの鳴き声に悩まされ、我慢しきれなくなって殺して食べてしまった。そのために彼は死んでしまうが、それ以後、彼を記念してガチョウを食べる習慣が生まれたという。
こうしたさまざまな言い伝えからも、ガチョウが世界中でいかに愛され、大切にされてきたかがわかる。実際、ヨーロッパだけで、67以上ものガチョウにまつわる格言が民俗学者によって収集されている。そのすべてが、食肉用、脂肪、筆記具、キルトや枕の詰め物、卵、そして、もちろん鋭敏な警番鳥として、ガチョウが日常生活にいかに大事かを強調している。
バランタイン社でも、スコッチ・ウォッチの働きぶりがきわめて高く評価されている。ガチョウが引っ越して来て以来、何百万ポンドにも相当するウイスキーを寝かせる貯蔵庫では、大がかりな盗難事件が一度も起きていない。むろん、ずるがしこいキツネは別として……。
ガチョウは、ウイスキー製造の全工程におけるクラフトマンたちの注意力の象徴として、バランタイン社のバッジにも使われている。コンピューターやテクノロジーが万能の時代にも古いままでいいものがある。伝統、つまりは昔ながらの自然の恵みと経験豊かな人の技とを守ることこそが、<バランタイン17年>の品質維持に欠かせない。スコッチ・ウォッチは、ウイスキーづくりの伝統の番人でもあるのだ。ダンバックのガチョウたちは貯蔵庫の周囲をパトロールしながら、今日もグワッグワッと元気一杯である。