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水科学への招待  ミッションは『サントリー天然水』新工場の水源涵養エリアを知ること

地表と地下、双方の情報から水循環システム全体の理解を目指す

研究の対象エリアとなった松本盆地の乳川流域。

研究の対象エリアとなった松本盆地の乳川流域。

これまで『サントリー天然水』の水源地は、「南アルプス(山梨県)」、「阿蘇(熊本県)」、「奥大山(鳥取県)」の3エリアでしたが、2021年に長野県大町市の「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場」が稼働することで、新たに第四の水源地が誕生することになりました。全国60ヵ所を超える新水源候補の中からこの地が選ばれたのは、昔から人々と自然が密接な関係にあり、安心安全でおいしい水が大切に守られ続けてきた場所だったからです。

まず私たちは、より持続可能性の高い水利用の実現を目指すべく、信州大学工学部の中屋教授(水環境・土木工学科)をアドバイザーに迎え、新工場の水源涵養エリアを知るための本格的な水文調査を2018年から開始しました。
将来にわたって持続的に地下水を利用していくためには、地表を流れる表流水だけではなく、地下水の情報も得て水循環システム全体の理解を深めることが重要です。そこで、私たちは目に見えない地下水流動を、目に見える表流水の流れ方などを手掛かりに可視化(定量化)することを目指しました。

この研究の対象エリアは長野県大町市の乳川流域、42km2におよぶ急峻な山に囲まれた松本盆地の山間部でした。この辺りの山間部の地質は硬い花崗岩からなっています。山麓には水はけの良い堆積層からなる扇状地が広がっていて、新工場予定地はその一角でした。一般的にこうした条件の下では、硬い岩盤地層の山間部では雨水が地下に浸透しにくいため表層を流れ、堆積層の扇状地域に到達したところで地下に多く浸透すると考えられます。そこで、これを仮説としてこの地域でも同じことが言えるのかどうか検証をしていきました。

物理的手法と化学的手法を併用し、地下水流動を総合的に評価

目に見える表流水の流量を手掛かりに、地下水流動の可視化を目指す。

目に見える表流水の流量を手掛かりに、地下水流動の可視化を目指す。

検証にあたって今回適用したのは、物理的手法と化学的手法を併用することにより、地下水流動を総合的に評価していくという方法です。
物理的手法としては、地下水の涵養量の傾向を知るために、現地の表流水の流量を測ります。地下水の涵養量が多い場所では、雨が地下に浸み込むため河川は下流にいくほど水が少なくなり、逆に地下水の涵養量が少ない場所では下流にいくほど流量が増えます。今回は水源の特徴を表していそうでかつ現地調査ができる場所を選び、季節変化を見られるよう渇水期と豊水期の2回にわたって現地調査に入ることにしました。

一方、化学的手法では、地下水が涵養される場所の傾向を知るために、現地調査時に採取した水について、酸素や水素の安定同位体比を分析します。さまざまな地点で採取した水を分析にかけ、工場予定地付近の井戸水の安定同位体比と一致する水を調べたのです。

どちらの手法も何度も現地に足を運ぶことが欠かせないため、2019年には計8回現地調査を行いました。実は、この新工場のための調査が水科学研究所に着任して初めての担当業務であった私は、大変苦労した思い出が蘇ります。登山道もない標高2,000mもの山に登ったり、川を遡ったりしなければなりません。それでも、工場を持つサントリーには持続可能性の高い水利用を実現する責任がありますから、どれだけきつくても調査を繰り返すしかないと自分を鼓舞していました。

安定同位体比:同じ性質の原子でありながら、「中性子」の数によって重さ(質量)が異なる原子が存在することを「同位体」といい、その中でも安定して存在するものを「安定同位体」という。この安定同位体は自然界に存在する天然の追跡用指標とされており、これを分析することでさまざまな物質循環の履歴を明らかにすることができる。

一般論による仮説を覆した、想定外の調査結果に驚く

調査の結果、仮説とは異なり雨水は山間部の北側流域で地下に浸透していることが判明。

調査の結果、仮説とは異なり雨水は山間部の北側流域で地下に浸透していることが判明。

実際に調査してみると、河川の流量は山間部では下流で増えていて、扇状地ではほぼ変化がありませんでした。さらに山間部を詳しく見てみると、北側で雨水の地下への浸透量が多いことがわかりました。
また、安定同位体比の分析結果を確認してみると、山間部の南側と北側では安定同位体比に差があり、北側で採取した水と扇状地の井戸水の安定同位体比が一致しました。このことから、扇状地の地下水にとって山間部北側が重要な涵養域であるという結論に至りました。

先に述べた事前の仮説とはまったく異なるこの驚きの結果は、実際に現地の深山部に分け入ってデータを取ってみなければ絶対にわからないことでした。この調査結果は、2020年11月にオンラインで開催された公益社団法人 日本地下水学会の秋季講演会で発表しています。

現地で湧水が起きている場所なども観察してきましたが、それら一つひとつは点の情報であるため、水循環全体にどのように寄与しているのか、その時点ではとても想像がつきません。しかし今では、流量や水質のデータだけでなく、そうやって現地で見てきたものも合わせて考えていくことが、水循環をきちんと把握するのに役立つのだと実感しています。

持続可能性の高い水利用の実現に水循環の理解が必須な理由

なぜ、今回の研究のように現地で地下水の挙動や量などを調べる必要があるのか──。それは、サントリーのように自然の恵みである地下水を資源として事業展開する企業として、その持続可能性を守る責任があるからです。安定して地下水を利用し続けるためには、どこで、何が起きたら、地下水にどのような影響が出るのかを把握しておく必要があります。そのためには、水循環理解に向けた研究活動が必須なのです。

また、こういった現地の水循環について理解を深めておかないと、地域の方々に、工場で地下水を汲み上げることが流域のどのエリアに影響しどのエリアには影響しないのか、その流域の地下水のうち工場で使用するのはどれくらいの量なのかといったことを、きちんと説明することができません。

「サントリー天然水 北アルプス信濃の森工場」では、こうした企業の思いを伝えることで、地元の皆さんから非常に好意的に迎え入れてもらっています。2019年には、新工場のチームが企画した登山イベントに、長野県庁や大町市役所の方々も喜んで参加してくださいました。また、今回の研究をもとに、乳川北側流域に広がる約441haの森林が「サントリー 天然水の森 北アルプス」に設定されました。この地域の水の持続可能性を守るために、今後も地元の方々とコミュニケーションをとりながら、地域の皆さまと一体となって水源涵養エリアを守っていきたいと思っています。

登山道もない深山部に分け入ったことが水循環理解につながった。

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※部署名、役職名、写真は、制作(インタビュー)当時のものです。

※部署名、役職名、写真は、制作(インタビュー)当時のものです。

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