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私は2010年にトクホの担当になりました。じつはその時点では、ケルセチン配糖体を配合した飲料は緑茶タイプではなく、機能性飲料タイプの350ml・PET商品として出す方向で開発が進み、トクホの申請も行われていました。
ヘルスクレームは魅力的なのに、これだけの素材を機能性飲料で出すのはもったいない──。
そう直感した私は緑茶、それも当社のメインブランドのひとつである伊右衛門でやったほうがいいと提案しました。周囲の反応は、まさに「来たとたんに、この人は何を言い出すんだ?」という感じ(笑)。思いもよらぬ提案にみな動揺したようです。
伊右衛門といえば本木雅弘さん演じる“伊右衛門はん”に代表されるように、オーセンティックなイメージのブランドです。そこにケルセチン配糖体を入れてトクホとして売り出せば、ブランドのイメージが壊れてしまうという意見が大勢でした。
ただ、私が伊右衛門ブランドの開発担当者で、ブランドイメージを創ってきた張本人だったので、そんな大胆な提案でも受け入れられたのかもしれません。
体脂肪を気にしている人が世の中にはたくさんいて、そういう人にしてみれば慣れ親しんだ美味しい緑茶で、体脂肪低減効果のあるトクホがあればうれしいはず。しかも誰もが知っている伊右衛門で、容量・容器も500ml・PETボトルともなれば、安心マークとしても十分機能する──。私にはそんな確信があったのです。
ブランドイメージが壊れると言う前に、まずはブランドが誰のためのものなのかを考えることが大切です。消費者のために役立つものを作っていたはずが、いつの間にかそのブランドを自分たちのもののように勘違いしてしまうから、作り手側のロジックでイメージを変えたくないと考えてしまうのです。
どんなに人気のブランドであっても、進化論と同じで外部環境の変化にきちんと適応できなければ生き残れない。ブランドを守ろうと、プライドだけが高くなっていれば、いずれは淘汰されてしまいます。
その点、福寿園さんは伝統を重んじる会社でありながら、革新の大切さも重視されていたので、今回の企画も快諾してくれました。すでにお互いの信頼関係も築けていましたし、配合するケルセチン配糖体が味に影響しないことも追い風になりました。もし、その成分を入れることで大きくお茶の味が変わるようなら、Noという結論になっていたと思います。
機能性飲料としてトクホ申請した際に、ケルセチン配糖体の効能や安全性はクリアできていたので、それを「伊右衛門 特茶」として引き継いで、ヒト試験を進めていくという形を取りました。「特茶」として申請したのは2010年からですが、その前の機能性飲料タイプでの開発期間も考えると、2013年の発売までに実質7年の歳月がかかったわけです。
作っている側のロジックで、何かを一度始めたら止められなくなることはどこの企業でもよくあることです。でも、7年も前に考えていた未来が予定通りいくわけがありません。それをそのままやること自体、無理があります。これだけマーケットも変化するのですから、途中で軌道修正するだけの柔軟性を持っていなければ企業は生き残れません。
今回は機能性飲料から緑茶へと大きく路線変更して成功しましたが、それができたのも想いを持った社員が意見し変えていける風土がサントリーにあり、商品開発においても柔軟に対応できる社風があったからだと思います。
機能性飲料で認可は取れていたのにあえて出さずに特茶一本に絞ったのが功を奏し、トクホ飲料シェア50%獲得という成功をサントリーにもたらしたのだと思います。
トクホ申請する際、事前にデザインや商品名なども決めます。商品名はトクホのお茶だから「特茶」。そのわかりやすい商品名や「体脂肪を減らす」という文言を大文字で記したデザインは、インパクトだけではなく、体脂肪を気にする幅広い方々にも見やすいように配慮したものです。
また、その下に「伊右衛門」と記すことで出自を明確にし、京都福寿園、伊右衛門の特別なお茶だとわかるようにしました。
やはり、商品を持って全てを語るというのがデザインの基本。今のお客様は多忙ですから、宣伝を見なくても商品を見れば全てが伝わり、さらに宣伝を見て理解が深まるという構造が大事です。
また、トクホのお茶といえば「350ml入り」が定番でしたが、それも企業の思い込みにすぎません。普段から飲むお茶なら500mlあって美味しいもののほうがいいはずです。おいしくて体にいいものを追求していく。このポリシーは、創業者の鳥井信治郎から脈々と流れています。入口はサイエンスだったとしても、最後は、おいしくて飲み飽きない中味に仕上げることが大切です。
伊右衛門の中味開発を担当している商品開発部メンバーが頑張って、伊右衛門らしく、香ばしくて、毎日飲んでも飲み飽きないさっぱりとした味わいに仕上げてくれました。
今回の特茶のヒットの裏には、大きな要因が2つあると思います。ひとつはR&D(Research & Development=研究開発)の、特にRを中心とした人たちがものすごく長い時間をかけて世のために役立つ素材を作りだし、効能や安全性を実証したという事実。2つめはその大きな研究成果を、伊右衛門というブランドを活用して世の中に受け入れられやすいようにうまく変換できたということです。
いくらいい素材を開発しても事業サイドがお客様の欲する商品に変換できなければ、世の中の役に立つことができませんし、どんなに優れた変換能力があっても、R&Dに開発する能力がなければ、バリューチェーンをお客様まできちんとつなげることができません。
R&D発信の話はサイエンスですから、どうしても難しくなります。それをお客様が瞬時に理解できるようにわかりやすく翻訳することが大切なのです。大切なのはサイエンスに基づいたものを、いかにわかりやすく“愛嬌”を持って伝えていくかということ。やはり、こうしたビジネスの場合、まじめな研究と愛嬌を両立できるかどうかで、お客様に愛されるか否かが決まるのです。この“愛嬌”というものも鳥井信治郎が作り上げたサントリーの企業風土なのです。
特茶の大ヒットは、本当に幸運でした。とはいえ、「運」というのは正しい努力を継続した人にしか向いてこないもの。今回の成功もその賜物だと思っています。
今後、我々が視野に入れていきたいのは「世界の肥満を解決したい」ということ。いまや、和食というもっともヘルシーな食生活を送る日本人ですら、肥満に悩む時代。世界に目を向ければ、日本人とは比べものにならないほど深刻な肥満に苦しむ人が大勢います。
サイエンスで裏付けられたエビデンスを持ちながら、おいしくて愛嬌のある食品は世界中に多くの潜在的なニーズがあり、サントリーにはそういった商品がすでにあるわけです。
そこで、私は“Proud to be a Japanese”をテーマに掲げています。
世界的視座で見れば、日本は極東の小さな島国です。しかしながら、その小さな島国には、豊かな自然や四季に育まれた豊かな食文化、そしてサイエンスに裏付けられた最先端の技術があります。今こそ、“Proud to be a Japanese”の精神を持って、肥満で悩む世界中のお客様の役に立つ商品を提供したいと思っています。
※部署名、役職名、写真は、制作(インタビュー)当時のものです。
※部署名、役職名、写真は、制作(インタビュー)当時のものです。