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サントリーではお酒や清涼飲料、健康食品、さらには花と、じつに多岐にわたる商品を手がけています。それらの商品のベースとなっているのは「水」と「アルコール」、そして原料由来の「ポリフェノール(※注1)」です。赤ワインやウーロン茶などに含まれるこの成分は、お酒や清涼飲料などの美味しさと品質保持に深く関わっています。さらに健康食品のセサミン、青いバラ誕生のきっかけとなった青色色素もポリフェノールの一種。まさにポリフェノールはサントリー商品の基盤だといっても過言ではありません。
サントリーがポリフェノールサイエンスに本格的に取り組むようになったのは、1987年のこと。研究開発から21世紀のサントリーを切り開く新たな事業を創造すべく、基礎研究所が起ち上げられたのです。
お酒の製造会社だけに発酵やバイオ技術には長けていましたし、まさに「やってみなはれ」の精神で、サントリーに新しい風を吹き込もうとしたわけです。
※注1 ポリフェノールとは植物の樹皮や表皮、種子などに含まれる色素成分や苦味・渋味成分で、虫や小動物などによる攻撃や紫外線等から身を守るために作られます。お茶の「カテキン」やそばの「ルチン」など5000以上の種類があり、多くが抗酸化作用などの健康効果を示すとされています。
当時新人だった私も基礎研究所に配属されました。「サントリーらしく、かつ事業拡大につなげられる研究とは何か」ということを議論し、「21世紀は”心“と”健康“の時代になるだろう」という結論を得ました。
そこでこの2つをキーワードに、それまでサントリーが培ってきた技術を利用して展開できる新たな事業を考え、おのずとたどり着いたのが、花事業と健康食品事業だったのです。青いバラなどに代表される花事業も、まさに”心の健康“につながるもの。美しい花を見れば誰しも心が癒され、健やかになれますから。
さらに“体の健康”ということで、ポリフェノールに着目しました。体の老化というのは細胞の酸化によるものであり、いわば体が錆びていくということにほかなりません。そして、その錆びこそがさまざまな病気の引き金となっているわけです。だとすれば、商品の品質を保持するポリフェノールの抗酸化作用が「人間の体の品質=健康」にも有効なのではないかと考えたのです。
そこで、ポリフェノールサイエンスの目標として、健康維持・増進に対する効果を掲げることになりました。「抗酸化作用」をひとつの切り口に新しい時代を築いていこうと、私たちの本格的なポリフェノール研究はスタートしたのです。
1990年代、ポリフェノールといえば「渋みや苦みのもと」という認識が一般的で、その機能に着目しているところはほとんどありませんでした。そんななか、1994年にサントリーと国立健康・栄養研究所が発表した共同研究の成果が世の注目を浴びます。いわゆる“フレンチパラドックス(※注2)”の謎の答えが赤ワインポリフェノールの動脈硬化予防効果にあると示したことにより、日本国内で赤ワインブームが巻き起こったのです。
※注2 フレンチパラドックスとは、「フランスでは他の欧米諸国同様にチーズやバターなどの乳製品や肉などの脂肪摂取量が多いにもかかわらず、動脈硬化の患者数や心臓病による死亡率が際立って低い」という矛盾した事象を指します。
赤ワインポリフェノール同様、当時、我々が注目していたのがウーロン茶ポリフェノールです。ウーロン茶ポリフェノールには何百何千もの種類があり、今の分析技術をもってしてもその全てを解明できているわけではありません。
それだけ複雑で難しいものなのですが、研究を進めるうちにウーロン茶ポリフェノールのなかでも特徴的な構造を持つ「ウーロン茶重合ポリフェノール(以下、OTPP)」に関心が集まりました。緑茶のカテキンは非常に小さなポリフェノールですが、OTPPは半発酵というウーロン茶特有の製造過程を経ることで複雑な化学反応が起こり、複数のカテキンが結合した特徴的な構造になることがわかってきたのです。
ウーロン茶は中国茶のなかでは比較的新しいお茶で、明の時代に皇帝の健康を守るお茶として献上されていたもの。つまり、日本で飲まれるようになるずっと以前から、中国では健康にいいお茶とされてきたわけです。また、昔から中国では脂っこい料理を食べたときに、指先についた油を落とすフィンガーボールにウーロン茶を使っていました。これも昔の中国の人々が経験的に油を流すウーロン茶特有の性質を知っていたからでしょう。
どこの国でもこの食べ物は体にいいとか、これを飲めば健康になるといった食文化や食経験の伝承があります。我々は食品メーカーとして、そういった食文化の伝承というものを大切にしています。こうした伝承は、長い間に人間が食してきたなかで経験的に受け継がれてきたもの。一見非科学的にも思えますが、本当に効果がないのなら絶対に廃れていくはずです。我々はその伝承を科学的に検証していこうとしたのです。
私は学生時代、酵素(※注3)の働きを止める蛋白質の研究をしていたので、ポリフェノールの酵素に対しての働きに注視して研究を進めることにしました。
※注3 酵素とは蛋白質の一種。呼吸や代謝、食べ物の消化、吸収、排泄など、さまざまな身体活動に影響を与えている物質のことを言います。
その結果、「OTPPはウーロン茶ポリフェノールのなかでもリパーゼという脂肪を分解する酵素の働きを阻害する作用が際立って強い」ということが実証できました。その研究成果こそが、後の黒烏龍茶の開発につながっていくわけです。
※部署名、役職名、写真は、制作(インタビュー)当時のものです。
※部署名、役職名、写真は、制作(インタビュー)当時のものです。