SUNTORY CHALLENGED SPORTS PROJECT

#56「何ごとも一生懸命取り組めば、必ずなにか得るものがある」

#56「何ごとも一生懸命取り組めば、必ずなにか得るものがある」

陸上競技(盲人マラソン) 星 純平選手

サントリーチャレンジド・アスリート奨励金第1~2期対象

Q.競技との出会いは?

生まれつき弱視で、26歳のときに一人で歩けなくなり、30歳で完全に失明しました。36歳くらいまで、普段は部屋に引きこもっていました。仕事はしていましたが、周囲の人に対して心を閉ざし、人生を楽しめていませんでした。自分はこのままずっとこうなんだろうか。何とか変えられないだろうか。そう思っていた時、伴走経験があるヘルパーさんから、「一度一緒に走ってみないか」と誘われたんです。自分が外に出るきっかけになるならと、誘いを受けました。最初は本当にゆっくりと、家の周辺2、3キロを走りました。10年以上運動をしていなかったので、すぐに息があがり、ふくらはぎや膝が痛くなりました。最初の日は、いつになったら折り返してもらえるんだと、不安のなかで走っていましたね(笑)。

Q.競技に本格的に向きあうようになったきっかけは?

最初は大会に出る気なんてなかったんです。ヘルパーさんから誘われれば、一緒に走ってはいましたが、体中が痛くてもうやめようかと思っていました。そんなある日、ヘルパーさんが「10マイル(約16キロ)の『かすみがうらマラソン』にエントリーしたから出よう」と言うんです。これまでで一番長く走ったのが10キロです。16キロなんて、とても無理だと思いました。でも僕のために動いてくれているヘルパーさんの気持ちをむげにできず、出ることにしました。当日はすごく緊張して、3キロで足がパンパンになりました。でも沿道の人の「がんばれ!」という声を聞き、目が見えなくなった僕の運命に対するエールのように感じたんです。そんな声援の力もあり、なんとかゴールできました。この大会は、自分にとって大きな励みと自信になりました。マラソンを続けることで、これまでの自分の人生から一歩踏み出せるのではないか。そう思って、もう少しこの苦しみと向き合ってみることにしたんです。

Q.盲人マラソンを続けてきて良かったことは?

それまで人生に背を向けていた僕が、自分の人生に真剣に向き合えるようになったことです。昔はまわりの健康な人に対して嫉妬していたし、同級生などに対して自分から遠ざかっていたところがありました。でもマラソンを続けてきたことで、自分とも他人ともきちんと向き合えるようになりました。また何ごとも一生懸命取り組めば、必ずなにか得るものがあることも学びました。

Q.印象に残っている大会は?

リオパラリンピックの選考レースだった別府大分マラソンですね。前年の国際盲人マラソンで2時間55分の自己ベストを出していた僕は、周囲からリオ出場への大きな期待をかけられていました。当日、途中までとてもいいペースだったのですが、30キロを過ぎてから、がくっとスピードが落ちてしまいます。寒くて、体が冷たくて、思うように走れなくなりました。伴走者も寒さでガタガタ震えている様子が伝わってきました。僕がもっと速く走ることができればこんな寒い思いをしなくてすむのに、彼は失速した僕のペースに合わせながら、「頑張ってゴールだけはしましょう」と声をかけてくれました。その言葉に感動するとともに、申し訳なさと悔しさで一杯になりました。

Q.ランナーにとって伴奏者はどんな存在なのですか?

僕らは伴走者なしに走ることはできません。ほとんど体の一部のような存在です。走っているときは、進行方向から道路の状態、他の走者の状況などを逐一、説明してもらいます。僕より走力があるうえで、気持ちが通じ合えていることが大事です。きつくなったときに、「ここであきらめてどうするんだ」「こんなところでペースを落としちゃだめだ。もっと強気でいけ」と怒られたり、いい走りができたときは「いいタイムだったね」と一緒に喜んでくれたり。良きコーチであり、戦友のような存在です。二人で苦労をわかちあってきた分、ゴールをしたときの喜びも2倍になります。これまで僕は20人ほどの伴走者にお願いしてきましたが、みなさん仕事や家庭、自分のレースもあるなかで、僕のために時間や労力を割いてくれています。本当に頭が下がるし、いつも感謝の気持ちで一杯です。スポーツには人と人を結びつける力がありますが、盲人マラソンにはとくにその要素が強いと思います。この競技を通して、伴走者のように困っている人のために献身的に行動している人がいることを、多くの人に知ってほしいです。

Q.今後の目標・夢は?

来年、44歳になるので、自身の集大成として、4月に開催される霞ヶ浦の国際盲人マラソンに出場したいです。挑戦するからには自己ベストを更新し、金メダルをとりたいです。またこれまでの自分の経験を活かし、これから盲人マラソンを始める若い人たちの応援も積極的にしたい。あと実は今、盲人の女性を主人公にしたマラソンをテーマにした小説を書いているんです。いずれ完成させて、みなさんに発表したいですね。

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星 純平選手JUNPEI HOSHI

サントリーチャレンジド・アスリート奨励金第1~2期対象

  • ●1975年5月29日生まれ

  • ●福島県富岡町出身/福島県福島市在住

  • ●先天性網膜色素変性症 弱視、後に失明

  • ●「サントリーチャレンジド・アスリート奨励金」対象選手

  • ●35歳頃、伴走経験者の勧めをうけたことをきっかけに、盲人マラソン始める

  • ●2014年12月 カンボジアマラソン 7位
    2015年4月  国際盲人マラソン霞ヶ浦 2時間55分
    2016年2月  別府大分マラソン 3時間4分

  • ●趣味は読書・執筆

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