SUNTORY CHALLENGED SPORTS PROJECT
#14 「チームを強くするために自分ができることは何か」
車椅子バスケットボール 京谷 和幸アシスタントコーチ
車椅子バスケ男子日本代表アシスタントコーチ
(サントリーは日本車椅子バスケットボール連盟オフィシャルパートナーとして活動を応援しています)
Q.競技との出会いは?
Jリーガーだった22歳の時、交通事故による脊髄損傷で車椅子の生活になり、その療養中、千葉県浦安市の職員だった小瀧修さん(現・日本車椅子バスケットボール連盟専務理事)に誘われました。最初はリハビリの一環という気持ちでしたが、ある時、競技用の車椅子もないまま千葉県代表の1人として遠征に連れて行かれたんです。そのベンチで先輩たちのプレーや緻密な戦術を間近に見て、「すごいな」と。サッカー選手だった時の輝きを取り戻せるスポーツだと思ったんです。
Q.困難に直面し乗り越えた経験は?
ロンドンまで4大会連続でパラリンピックに出場しましたが、試合に出られない時もありました。「なんで俺を使わないんだ!」と納得がいかない。でも、そういう時は「このチームを強くするために自分ができることは何か」を考えるようにしていました。たとえ1分だけの出場でもチームメートが安心できるプレーを心がけたり、ベンチの選手がすぐに出られるように準備したり、声をかけたり。その経験が指導者になった今、生きていますね。
Q.日々の指導の中で大切にしていることは?
選手たちの判断力を重視しています。先日、ヘッドコーチとして臨んだU23の選手中心の大会では、「ラン&ラン!」とだけ伝えました。走れ、そのあとは自分たちで判断してやってみな、って。背後から迫るディフェンスの脅威やゴールへの距離感など、現場をじかに感じるのは選手たち。状況を瞬時に判断できる力を身につけていってほしい。
Q.夢、目標は?
車椅子バスケとサッカーの両方に恩返しがしたい。実は、車椅子バスケの現役引退後はサッカーの指導者になろうと思っていました。でも、これまでお世話になった人たちから口をそろえて「両方やれるのはお前だけじゃないか」と言われ、背中を押されました。
車椅子バスケでも海外リーグでプレーする日本人選手が相次いでいますが、海外経験がなくても世界大会で活躍できるプレーヤーを育てたい。サッカーで言うとガンバ大阪の遠藤保仁選手のような。判断力と緻密さを持った選手が理想ですね。
Q.読者の皆さんへメッセージをお願いします!
企業がパラアスリートを雇用し、働きながら競技に専念できるようになるなど、選手を取り巻く環境は変化していますが、さらにトレーニングしやすい環境の整備や現役引退後のセカンドキャリア支援も必要です。障害者スポーツを目指す人たちがもっと増え、パラスポーツ界全体が加速していくための2020年にしたい。選手はいいプレーをする。僕は指導者としてレベルアップさせる。ぜひ試合に足を運んで、盛り上げてほしいです。
photo by Ken-ichiro Abe
京谷 和幸アシスタントコーチKAZUYUKI KYOYA
車椅子バスケ男子日本代表アシスタントコーチ
(サントリーは日本車椅子バスケットボール連盟オフィシャルパートナーとして活動を応援しています)
●1971年8月13日生まれ
●北海道室蘭市出身
●小学2年生からサッカーを始め、ジェフ市原とプロ契約をするも、93年Jリーグ開幕半年後、結婚式の衣装合わせの日に交通事故に遭い、脊髄損傷により車椅子生活となる。
●翌年、身体障害者手帳の交付を受けるため訪れた浦安市役所で車椅子バスケ元日本代表ヘッドコーチの小瀧修氏と出会い、後日誘われたことがきっかけで車椅子バスケチーム「千葉ホークス」に所属。
●2000のシドニーパラリンピックから日本代表入りを果たし、その後の2000シドニー・2004アテネ・2008北京・2012ロンドンパラリンピック男子車椅子バスケットボール日本代表として出場し、2008北京大会では日本選手団主将も務めた。
●2016リオパラリンピック男子日本代表アシスタントコーチ
●「第13回北九州チャンピオンズカップ車椅子バスケットボール国際大会」(2016)日本代表ヘッドコーチ
●城西国際大学サッカー部外部コーチ(2013年~)
●千葉県教育委員会教育委員
●2017年1月3日には、自身をモデルにしたドラマ「君に捧げるエンブレム」(フジテレビ系/主演:櫻井翔)放送