すべての中高生が自分のポテンシャルに気づき、個性と能力を発揮できる社会の実現をめざして、さまざまなプログラムを提供している「特定非営利活動法人しずおか共育ネット」。
柱となる取り組みのひとつである、静岡県立静岡中央高等学校での「きゃりこみゅカフェ」にお伺いし、活動内容や生徒たちに見られた変化、団体が抱えている課題について聞きました。
いつ来ても、いつ帰ってもいいみんなの居場所
“高校生に「出会いと一歩ふみだすきっかけを」”。特定非営利活動法人しずおか共育ネットは、そんな想いを胸に2012年から静岡県の「学校と地域・高校生と社会をつなぐ」取り組みを続けてきました。
多くの高校生は、学校以外で大人と接する機会や、将来についてリアルに考える時間はほとんどありません。そんななかでも、さまざまな生きづらさを抱えている高校生が社会とつながることで自分の可能性に気づき、自分を信じることができることをめざして、3つの活動の柱を設けています。
興味のある職業に就いている社会人へのインタビューや、高校生インターンシップ、社会人講師によるキャリアデザイン学習の出前授業をコーディネートする「キャリア教育コーディネート事業」。2022年度から全国の高校で始まった「総合的な探究の時間」で各校が育みたい資質・能力をヒアリングし、教員と二人三脚でプログラムを開発する「探究学習コーディネート事業」。そして「定時制高校居場所カフェ事業」では、静岡県立静岡中央高等学校で進路や学校生活の悩みを日常的に相談できる校内カフェ「きゃりこみゅカフェ」を運営しています。

きゃりこみゅカフェは2017年からスタートしました。毎年5月から翌年の2月にかけ、週に1回の頻度で、校内の食堂を借りてカフェをオープンしています。大学生や地域のボランティアさん、スタッフが毎回5〜6人参加し、ドリンクとお菓子を無料で提供。1回につき50名ほどが利用し、利用者である生徒たちは、顔見知りになったスタッフに悩みを相談したり、グループでボードゲームをしたり、ひとりで物思いにふけったりと思い思いの時間を自由に過ごします。
コンセプトは「“いつ来ても、いつ帰ってもいい”みんなの居場所」です。利害関係や同調圧力のない関係性のなかでありのままに過ごし、高校生だけでなく、ボランティアさんやスタッフも含めてすべての人を包摂する場。そして、いずれ高校を卒業していく生徒たちにとって、進学や就職の身近なロールモデルとなる大人に出会い、さまざまな価値観に触れることで社会とつながるプラットフォームとなることをめざしています。

きゃりこみゅカフェを開いている静岡県立静岡中央高等学校には、定時制と通信制の2課程があります。定時制は8時40分から20時40分までのあいだに第1時限から第12時限まで授業があり、A・B・Cコースで時間帯が分かれています。たとえばAコースは午前中の1〜4時限が中心で、午後以降は部活動やアルバイトの時間に活用。9〜12時限が中心のCコースは、昼間にアルバイトや趣味を優先することができます。さらに単位制をとっており、大学のように自分の興味関心や進路希望に応じて科目を選択、各々が自分だけの時間割を作成するそうです。
制服も校則もなく、アルバイトも自由。同校の小野田秀生校長は、「1993年の創立当時から、小中学時代に不登校の経験がある生徒や、全日制の“みんなと一緒じゃなきゃいけない”というような雰囲気に馴染めない多くの子たちが本校を選んでいます」と話します。
「現在の生徒数は定時制が約530名、通信制が約1000名。定時制だけでも、約6割くらいの子が小中学校、あるいは前籍の高校で不登校を経験しています。それぞれに複雑な背景を抱えている生徒や、特別な支援を必要としている生徒も多くいます」
さらに「年齢も幅広く、70代の人や、社会人として働きながら通っている人もいますね」と滝口晃央副校長。そんななかで同校は“ダイバーシティ・ハイスクール”というスローガンを掲げ、さまざまな子たちが多様性を認め合い、そして個性を磨いていくことをめざしています。「きゃりこみゅカフェも、その一翼を担っている」と青木伸介教頭は話し、こう続けます。
「人との付き合いが苦手な子が多いなかで、スタッフの人と気軽に話せる関係を築けたことで、良い方向に変わってきている生徒もいます。カフェを楽しみに登校して、それをきっかけに授業に出られるようになったり、授業がない日もカフェのスタッフさんに会いに行くために学校に来たり。よく“ナナメの関係”といわれますが、この空間で安心できる人間関係が構築されていることによって、いろんな相乗効果が生まれていると思います」

自分たちにできるのは、寄り添ってさまざまな選択肢を用意すること
しずおか共育ネットの代表理事を務める井上美千子さんは、「多様な背景を抱えた高校生が、カフェで誰かとコミュニケーションをとりながら、ありのままの自分でいいんだと気づく場になれば」という想いできゃりこみゅカフェを運営しているそう。

最初は、無料で提供されているお菓子や飲み物を目的に立ち寄る生徒がほとんどだったそうです。
「お菓子や飲み物が目的でカフェに来てくれることも、もちろん歓迎しています。別のNPO法人から食べ物や生理用品をご提供いただき、きゃりこみゅカフェで定期的に配布しているので、それを目的に来場する生徒さんも多いです。ただ、運営を続けていくうち、人とのつながりが生まれてボランティアさんやスタッフと話をしたり、誰かに会いたくてカフェに来る子がだんだんと増えてきました」

生徒たちと接するなかで意識していることや大切にしていることを聞くと、井上さんはこう答えました。
「寄り添うことがなによりも大事。運営をお手伝いしてくれるスタッフやボランティアさんのなかには、自分の経験を語りたい、なにかを教えてあげたいという方もいらっしゃいます。でも、私たちはあくまでも受け手側。生徒の話に耳を傾け、その想いに寄り添うことをいちばん大切にしています」

井上さんは、「きゃりこみゅカフェを通してめざすゴールは一律でなく、生徒一人ひとりによって異なります」といいます。
「静岡中央高等学校の生徒の進路は多様です。高校を卒業したあと、社会的にも職業的にも自立して生きていけることに少しでも貢献できたらと思っています。ただ、ひと口に『自立』といっても選択肢は多様です。キャリアカウンセリングやインターンシップも提供しているなかで正規の就労につながる生徒もいれば、大学生のボランティアさんに出会うことで進学を真剣に考え始める生徒もいます。社会にはさまざまな選択肢があることを伝えていくことが、私たちにできることだと思います」

組織の経営基盤を強化することが、よりよい事業につながる
「私たちがめざしているのは、多様な選択肢を高校生の周りにちりばめることです。生まれ育った環境にかかわらず、誰もが自分の人生を自分で選択していってほしいと願っています」という井上さん。一方で「自分の人生を選択するための選択肢そのものを知らない高校生が多くいることも事実です」と話します。
「だからこそ、高校生がいつもより少しだけ“せのび”をして、人と出会い、いままでにない体験をする機会があれば、なにかが変わっていくのではないかと思うんです。そのために私たちは、“君は未知数”基金の採択事業として、オンラインでさまざまな体験をマッチングできるWEBサイト『せのび』を立ち上げることにしました。リアルな現場を長年運営してきた私たちが、デジタルの力を使い、より多くの高校生に出会いと体験の機会を提供していけたらと考えています」

井上さんが事業全体で一貫して意識しているのは、多様な価値観・出会い・挑戦の機会を提供することです。
「人は出会いによって変わります。挑戦というと大袈裟かもしれませんが、新しい一歩を踏み出すことによって見える景色が変わる。すごく大きな一歩でなくても、それまでとは違う体験をして、今までと違う自分に出会うことが重要なんです」
さまざまな事業を手がけているしずおか共育ネットですが、目下の課題は人材採用と人材育成です。というのも、現在の専任スタッフは井上さんのみで、その他のスタッフはプログラムやイベントごとに集まってもらっているそう。
井上さんは「サントリー“君は未知数”基金が『こどもたちを見つめる・支えるNPO等を応援する』と明言してくれていることに感動しました。子どもたちを支えるためには、NPOの経営基盤を強化することが必要だと感じています」と語り、こう続けます。
「私たちNPOは、市民活動の時代からボランティアで関わってくださっているみなさんに支えられてなんとか成立しています。持続可能な運営という視点では、やはり専任が私しかいないという状況は改善していきたいですね。事業が走り出してしまうと、現場の運営に必死になってしまうので、採用も育成もきちんとやっていくには、基盤を強化していくことが必要だと痛感しています」

さらに、目の前の事業を優先する一方では、資金確保の面でも課題を感じているといいます。
「事業収入は比較的安定していて、企業のみなさまからも少しずつ助成をいただけるようになってきています。今後は、私たち団体のビジョンに共感し、応援してもらうためにも、もう少し寄付収入を増やしていきたいと考えています。
ただ、やはり寄付を集めるためのマンパワーが現状は十分ではなくて。目の前にいる高校生と事業が最優先ですから、クラウドファンディングを行ったり、寄付を募るための仕組みをつくることはどうしても後回しになってしまいます」
広報活動や戦略的ブランディングについては、本業を持ちながらプロボノとして伴走している村上萌さんの存在が欠かせません。村上さんは、今後の広報戦略についてこう語ります。
「事業収入を安定的に得られているというのは、先生がほかの先生を紹介してくださったり、異動した先でもしずおか共育ネットのプログラムを導入したいと声をかけてくれるようなリファラルで、事業が増えている状況だと思うんです。今後、寄付をしっかり募ることは、学校のなかでのリファラルでは得られない部分だと思うので、その発信のあり方やメッセージの伝え方は戦略的に組み立ていく必要があると考えています」

最後に、今後の活動に対する想いについて井上さんに聞きました。
「子どもたちに出会いと挑戦の機会を提供していきたいという想いは、NPOをつくった当初から、あるいはNPOをつくる前にボランティアで活動していたころから変わりません。事業を闇雲に増やすことだけがいいとは思いませんが、思春期の子どもたちが抱える生きづらさは多様です。進学校の生徒さんには、進学校なりの悩みがあって、それを吐き出せない人もいると思います。なにかしらの理由で親や先生、まわりの大人に話せない生徒にとって、私たちが“第3の大人”として関わることによって状況を変え、少しでも気持ちを楽にしてあげたい。3年、5年後の事業計画は、正直に言うと具体的には描けていないのですが、想いは変えず、私たちができる範囲で誠心誠意、子どもたちに関わっていきたいと考えています」

【特定非営利活動法人しずおか共育ネット】
静岡県静岡市駿河区栗原20-16 パークサイドⅢ G-2
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