サントリー“君は未知数”基金は、「こどもたちを見つめる・支えるNPOを応援する」ための公募助成プログラム。今回、第1期として6つの団体が採択されました。2年間の助成期間の開始に合わせて、2024年10月16日に開催されたのが「サントリー“君は未知数”基金 第1回合同レビュー」です。採択団体やフェロー、事務局スタッフが一堂に介し、相互交流と団体の課題や悩みへのメンタリングを目的として行われた本イベントの模様をお届けします。
コミュニティや社会全体でこどもや若者支援のうねりをつくり出していきたい
合同レビューは、“君は未知数”基金を担当するサントリー CSR推進部長の一木典子の挨拶からスタート。サントリーでは、パーパスに掲げる「人間の生命(いのち)の輝き」をめざして、これまでも次世代を担うこどもに対し、「水育(みずいく)」などの環境学習や、音楽、美術、スポーツ分野などで、豊かな個性・人格形成に向けた機会を提供してきました。こどもたちの持つ可能性は未知数です。その可能性をすべてのこどもたちが発揮できる社会を実現したい——そのような思いを活動名に込めて、“君は未知数”基金の立ち上げに至ったといいます。
「昨今、困難な状況にあるこどもや若者が増えています。生まれ育つ環境にかかわらず、すべてのこどもたちがわくわくできるような社会をNPOのみなさまと一緒に目指していきたい」と一木。「みなさんの活動が、こどもたちやそのご家族にとっていかに大切なことかが認知され、また必要とする方がこうした活動に出会いやすくするためにはどうしたらいいか。そのためには、NPOの活動が長続きし、広がることが大切」と、その重要性をあらためて示しました。
この基金が大切にしているのは「エンパワメント」です。この言葉には、支援する、されるという関係性ではなく「双方がお互いに力を与え合う」という意味があり、それによりそれぞれの成長につながるといいます。そのうえで一木は「コミュニティや社会全体でこども・若者支援のうねりをつくり出していきたい」とし、最後に「難しい課題ながら、みなさんと力を合わせて取り組んでいきたい」と意気込みを語りました。
また、今回の合同レビューには、水谷衣里さん、山本未生さん、藤井基貴さん、能島裕介さんの4名のフェローも参加しました。
水谷さんは、基金を含む“君は未知数”プログラム全体の設計に参画しています。冒頭の挨拶では「採択団体のみなさんがどんな歩みを目指されているのか、伺うことを楽しみにしていました。またサントリーとしてこれまで培われてきたネットワークがどう活かされる可能性があるか、団体のみなさんの成長を支える側としてどんなことができるのかを考え、よりよいプログラムにつなげられたら」と語りました。
山本さんも、インタラクティブにみなさんのことを知りたい、としたうえで「地域のなかだけでやっていると未来が見えにくくなるので、みんなでやっていることで力になりたい」と話しました。
藤井さんは静岡大学で教育学の研究に従事しています。フェローには“仲間”という意味があり、みなさんのよき仲間として関わっていきたい、と語りました。そのうえで「所属する教育学部には130名の教員がいて、全国にもさまざまな研究に取り組む仲間がいる。そうした研究仲間ともつないでいきたい」と話しました。
各団体が事業に込めた想い
続いて、採択された各団体から活動内容や採択事業の相互共有が行われました。
■息の長い居場所を通して、少女が夢を持てる社会をつくりたい
虐待、貧困、いじめなど、少女を取り巻く社会は厳しく、多くの少女が孤立し、つながりを求めて性被害にあうケースも少なくありません。そのようななか、「一般社団法人京都わかくさねっと」では2020年から少女たちのための居場所をつくってきました。
そこは、相談機関でもない、支援団体でもない、女の子たちのための純粋な居場所です。「ここでは名前も年齢も所属も言わなくていい。ただ、おばあちゃんたちがつくったごはんを一緒に食べる」という活動に取り組んでいます。この場所に通うことで少女たちは次第に元気になっていくそう。「小さな夢の実現や感謝される経験、気持ちを言語化する経験を経て、少女たちがエンパワーされることに気づいた」といいます。
京都わかくさねっとの奥野美里さんは、少女たちの回復のストーリーを描いてみると「社会との間に小さいステップを踏めるような場所があればいい。やってみたいことを小さく叶えることで、そのハードルを乗り越えていくことが大切」だといいます。そのうえで「少女が巣立つまでの息の長い場をつくり、少女たちが夢を持てる社会をつくりたい」と語りました。
■若者目線に立った遊び心ある支援のモデルをつくり、支援の担い手を増やす
「特定非営利活動法人サンカクシャ」は、15〜25歳までの若者を対象に居場所や仕事、住まいの観点からサポートする団体です。親を頼れず、家にいられず、働いて自立することもできない若者が、自ら安心できる場を獲得し、自立できるように伴走する「離家支援」に取り組んでいます。
しかし、こうした若者たちは公的支援が難しく「捕捉しづらい」といいます。そのため、まずは若者の利用の入口や目的になるような活動を通じて居場所に来てもらうことが重要だと、事業責任者の早川智大さんは考えています。
若者が自立できるようになるために、サンカクシャでは「休む」「遊ぶ」「学ぶ」の3つに取り組んでいます。働くための支援ももちろん重要ですが、「彼らはもっと手前にいる」と早川さんは指摘。「長い間虐待などに耐えてきた経験によって、意欲を大きくくじかれている」ため、働く前の支援として、居場所の提供や、意欲や自信が回復するような体験機会を提供していきます。
サンカクシャが重視するのは、若者たちと一緒におもしろがり、楽しみ、遊び心を忘れないこと。若者目線に立った遊び心ある支援のモデルをつくり、「つながる若者を増やすことと、支援の担い手が増えていくような働きかけをしていきたい」と語りました。
■オンラインプラットフォームで新たな選択肢を提供し、次の一歩を踏み出す機会をつくりたい
「特定非営利活動法人しずおか教育ネット」は2012年の設立以来、定時制高校での居場所カフェを起点に活動を展開。現在は、教育連携事業、キャリア教育・探究学習のコーディネート、災害時のこども支援など、多岐にわたる支援を行っています。
「これまでの活動で、対話を通じて自分たちの答えを見つけていく機会の大切さを認識しました」と村上萌さん。しかし、県下の28の高校と連携して事業を進めるなかで見えてきたことは、「高校生自身が選択肢を知らない」という状況です。そのうえ、探究学習・キャリア教育の支援現場ではアナログな事務対応・連絡調整も多く、高校生の選択肢を広げるという支援まで行き届いていない現実があります。
そこで「せのび体験」を通して、オンラインプラットフォームを構築することに。これまで、コーディネーターや高校の先生が属人的にやってきた取り組みを、オンラインのプラットフォームを立ち上げることで高校生自身が見つけ、より多くの選択肢から選べる環境の整備を目指しています。村上さんは「生育環境にかかわらず出会いと体験の機会をつくることで体験格差を埋め、新たな選択肢を通じて高校生自身が次の一歩を踏み出す機会を提供したい」と話しました。
■「休む」ことに専念した場の公設化に向けて
「認定NPO法人3keys」は「非交流型・非プログラム型」の10代を中心とする居場所、ユースセンターを3年前に立ち上げ、民設民営で取り組んできました。今回の事業では、このユースセンターの公設化とそれによる全国展開を目指します。
非交流型・非プログラム型のユースセンターは、従来のユースセンターと一線を画す特徴的な施設です。電源や洗濯機、シャワーやアメニティ、ソファなどを備え、手づくりの食事を提供しています。代表理事の森山誉恵さんは、この場所について「誰もしゃべらないし、ひとりでゆっくり過ごす、本当に家みたいな雰囲気」を持っているといいます。「家は他人と交流するというよりは、社会で疲れて帰ってきて、自分を脱ぎ捨てるみたいな感覚の場所。でも、家に頼れない子たちにとっては、家が本来の機能を果たせていない」と、あえて“休む”ことに専念した場になっています。
今回の採択事業では、この施設を各地に当たり前に存在する枠組みとすることを目指します。自治体へのヒアリングやアンケート調査などを実施し、その必要性について報告していく予定です。
■人口1万人の町でインクルーシブな居場所をつくりたい
「特定非営利活動法人SET」は、人口約1万人の岩手県岩手町で2020年にユースセンター事業を立ち上げ、2023年に「いわてユースセンターミライト」を開設しました。当初は、地域の担い手づくりを目的とした活発な若者向けのプロジェクト拠点として構想していました。しかし、実際に利用する中高生の多くは発達障害を持っており、当初用意していたプログラムがうまく機能しませんでした。事業責任者の上田彩果さんは「この人口1万人の小さな町でも、マイノリティの子たちがいるという現実を目の当たりにした」と話します。
そして1年間の議論を経て、みんなが来られる場所にしようと「インクルーシブな居場所」という新しい方向性を見出しました。すると「発達障害を持つ子が、高校生や大学生とのキャッチボールなど、多様な人々との出会いを通じて少しずつ元気になっていく」といった変化が見られたといいます。
採択事業では、地方だからこそ機能を分けずにインクルーシブな居場所をつくることを目指しています。今回採択されたことで、専門家との連携や自分なりの一歩を踏み出す支援のほか、SETから独立した法人の設立など、岩手町に根ざす若者の支援の形を模索します。
■人生のなかで“寄り道”できる新しい公民館
「一般社団法人トリナス」は静岡県焼津市でまちづくりに従事し、若者の支援をはじめ大学生向けの活動や図書館の運営にも取り組んでいます。
活動のきっかけとなったのは、行政都合による若者の居場所の閉鎖でした。行政からの委託で居場所事業に取り組んできた学生NPOが、コロナ禍で居場所の必要性が相対的に減ったことで居場所を閉じざるを得なくなったのです。そこに通っていた若者たちは行き場を失いました。
今回の事業では新たな取り組みとして、民設民営の公民館を設立することを目指しています。公民館は全国各地に設置されていますが、その新しい居場所の機能として「10代の若者の人生の寄り道となる場所」をコンセプトに掲出。同団体の鈴木貫司さんは「社会で目的化が進んだことで、学ばないといけない、教育目標が強まっている」現状があるといいます。そのなかで「自分の楽しみや好きなことに没頭できる時間」を提供することで、若者の可能性を広げることを重視しています。
「行政だけでなく、企業や個人も地域のこども・若者に投資することが当たり前の地域社会」の実現に挑みたいとも語りました。
こども・若者支援はいまだかつてないほどの追い風が吹いている
ここで、尼崎市でこども政策監としてこども・若者政策全般に関わっている能島裕介さんによる講演が行われました。
NPO出身という異色の経歴を持つ能島さんは、阪神・淡路大震災時の学生ボランティア活動から始まり、NPO法人での20年の経験を経て現職に就きました。
能島さんは「いまだかつてないほどの追い風が吹いている」と現在のこども・若者政策を表現。こども基本法の制定やこども家庭庁の設置を受け、各自治体でこども計画の策定に向けた動きが進んでいるなか、「まだ各自治体に前例が蓄積されていない状況で、新しいキーワードを入れるには非常に良いタイミング」と話します。
尼崎市のユースワークは、ユースセンターを中核としながら、ユースカウンシル(政策提言の場)、専門家によるユースワーク推進部会、活動資金を提供するユースファンドという総合的な支援体制を構築しています。その拠点となっているのが、私立大学の跡地を活用した「ひと咲きプラザ」。ユースセンターや子どもの育ち支援センター、児童相談所などがひとつの施設に集約されており「誰でも来られる場所と、困難なこどもたちを支える場所がひとつの敷地内にある」と能島さん。この特徴的な施設により、支援を必要とする若者への自然なアプローチが可能となっています。
一方で能島さんは行政の限界も指摘しました。「行政は失敗してはいけないので、おもしろくなくても安全・確実な事業が優先される」という本音とともに、政策化することだけが解決策ではないと説きます。「行政ではできないことをやる、それが民間の助成金の価値」と強調。今後は、行政の安定性とNPOの革新性を組み合わせた新しい協働の形が求められています。
各団体がフェローと白熱した議論を交わす
続いては、フェローと各団体によるミートアップを実施。採択団体がフェロー一人ひとりから事業課題へのアドバイスをもらいました。各テーブルでは白熱した議論が相次ぎ、制限時間が来てもなかなか終わらない様子でした。
ミートアップ終了後は、各団体によるこの日の振り返り。京都わかくさねっとの北川美里さんは、この基金を通じて「居場所のその先を考えられるようになった。回復が本来の自分に戻るプロセスだと気付けたことは私たちの取り組みの大きな一歩」と話します。奥野さんは「居場所は居心地がいいけど、そこから出られなければ社会と断絶してしまう。社会との間をつなげられるのがエンパワメントでできることだとあらためて感じました」と語りました。
しずおか共育ネットの村上さんは、ミートアップでの議論を通じて「ほかの企業や学校との主体的な関わりや、一緒につくっていくという風土をいかにつくるかという課題に対して具体的な示唆をいただけました。それぞれの立場にあわせて“関われる余白”を残すように取り組んでいきたい」と話しました。
サンカクシャの早川さんは、民間企業からこうした基金が生まれたことをうれしく思うとともに「団体を超えて一緒に活動していけることに大きなインパクトを感じます。情報が拡散することで、業界を超えていきたい」と言います。
また、事業の出口の重要さを感じたといいます。「事業そのものの出口と支援する若者の出口がある。それぞれの継続性やエグジットについて考えたい」と意気込みを語りました。
3keysの森山さんは「こども・若者支援でも10代を支援する団体は少なく、助成金にも限りがある。そうしたなかでそこに特化した基金はありがたい」としたうえで、「プレッシャーも感じますが、対話の場があったことで相談できる相手が増えたので、頼りながら2年間取り組みたい」と語りました。
SETの上田さんは、今回の基金について「10代を支援することがこれからの未来をつくるという、まっすぐなエネルギーを感じた」としたうえで、サントリーが若者支援の活動に「可能性があると捉え、支援してくれることはうれしい」といいます。
また「小規模自治体でこども・若者の支援をしている団体の代弁者としてもしっかり進めたい」と今後の活動への決意も語りました。
トリナスの代表の土肥潤也さん、鈴木さんは、「採択いただいたことに大きな責任を感じます。私たちだけがうまくいくのではなく、それぞれの地域に展開できるような取り組みにしていきたい」としたうえで、「基金はカンフル剤。2年間できちんと自立して、他の団体にも真似してもらえる形にしたいです」と語りました。
この2年間で成果や拡散の手応えを感じてほしい
フェローの山本さんはこの日を振り返り、「一緒に会って、実際につながるという今回の場がいいなと感じました。成長を応援できるのはありがたい機会です」と語りました。
同じくフェローの水谷さんは、この基金事業の重要なポイントとして「モデル性」があると話しました。そのうえで、「この基金は次のステージに向けた“投資”としての要素を含むものだと思います。事業を進めるだけにとどまらず、活動を伝播させることや、課題解決のアクセラレートに向けて、なにができるかを意識しながら2年間過ごしてほしい」と語りました。
サントリーの一木は今回のレビューについて「各団体と交流ができ、応援し合う良い機会となりました。また、フェローのみなさんからは専門性を活かしたアドバイスをもらうことができたのではないでしょうか」とし、各団体に対して「これまでできなかったことにチャレンジでき、成果を出し、世の中に大きく広められたという手応えをこの2年間で感じていただきたい」とエールを送りました。
こうして第1回合同レビューは、熱が冷めないまま幕を閉じました。
いよいよこれからサントリー“君は未知数”基金の第1期として2年間の事業期間がスタート。各団体がどのように取り組んでいくのか、これからの活動にも引き続き注目していきます。